右か左か
星々が輝き出す。
何度目かの夜を迎えた。
小動物が活発に動き出し、にぎやかになる。
焚き火を囲みながら、
「星空も地球と同じなんだなぁ、落ち着くよ」
見上げた夜空。木々の隙間から見える星々を見ながらしみじみと大雅が言った。
「そうなの、向こうの世界も同じなんだ。一度行ってみたいな、タイガ君の住む世界に……」
言いながらフランが体を寄せて来る。
良い雰囲気。
「おい! それ以上は近付くなよ」
とタワンが釘を刺し、
「生活環境が違う、おぼっちゃま育ちの猿人だから、そろそろお家に帰りたいって泣き出すんじゃないのか」
と馬鹿にする。
「アウトドアは慣れている。小さい頃、爺ちゃんに修行だと言って山の中に置いていかれたことがあったからな。何日も森の中に居ても平気だよ」
「ああ、そうか。お前は猿人の中でも、変わり者なんだよ」
どれだけの文明差があるのか知りたくて、意地悪く大雅が聞いた。
「この大地は太陽を中心に回っているんだぞ」
いわいる地動説。
「分かっているよ、そんなこと。この地上は丸く出来てるんだろ。バカにするなって」
「じゃあ、これはどうだ。俺達の世界では、あの月にまで行き来したんだぞ」
と大雅が猿人の代表として誇らしく言った。
「それは、凄い……」
タワンも猿人の技術力の差に驚きを隠さない。
馬鹿にしていた猿人の技術力を素直に認める。
見上げる空には、地球と同じ三日月。
月には、大雅の住んでいた世界と繋がっているような気がして、吸い込まれるように皆、輝くお月様に見入っていた。
「何をこそこそとやっているのか知らねえが、もうあいつらは襲って来ないぞ」
獣人のウルフが言うと、
「本当か! 獣人の狩りは、もうないんだな」
ロッチが興奮気味に聞いた。
「ああ。大将とやりやった後、また狩りを始めるとアルフが言い出したが、オレが制したんだ。もう勝負はついているんだろう、とな」
「アルフって言うのか、あのボス。あんな化け物に勝負を挑むなんて、お前は大したもんだよ」
「大将も、猿人の身でありながら、アルフにタイマン勝負を挑んだろうが」
とウルフも感心する。
「もし、大将の約束を破って襲ったりしたら、アルフのボスとしてのジン望を失うからな」
「……じや、それが原因でボスと争ったのか?」
「まあ、それだけではないがな。なんでも手に入るボスの座を、日頃から狙っていたんだ」
「なら、ウルフに感謝しなくちゃな」
と大雅が言うが、
「感謝する必要はない。己の慾のためだろうが」
不満そうにタワンが言った。
「なにぃ!」
ウルフが睨む。
相変わらず、タワンとロッチの仲は悪い。
「明日、本格的に王宮の探索を始めよう!」
ロッチが声を上げると、
「じゃあ、思いっきり探索が出来るんだな」
いよいよか、と、大雅のテンションが上がる。この世界に飛ばされ、鬱積した思いが吹き飛んだ気がした。
翌朝、汗を流そうと川に行く。
夜は危険なため、朝の入浴は彼ら猫人間の習慣となっていた。
川の流れが穏やか、いや、流れがないんじゃないかと思うぐらい、まるで池のようだ。
「深いから気をつけろよ」
ロッチが注意する。
「そうなのか、こんなに川幅が狭いのに」
川幅10メートルぐらいの小さな川なのにと、不思議に思いなら川に入ると、足が着かない。
背が届かないくらいの深い川だった。
「みんな、川に入らないのか? 朝風呂は気分爽快、スッキリするのに」
皆、川に入らず、水をすくって顔を洗っている。
そっか、猫は泳ぎが苦手だったな。
生意気なタワンも水を恐れている。
ここは腕の見せ所とばかりに向こう岸まで泳いで行と、
「――タイガ、泳げるのか?」
驚きを隠せない。
「当然だろ。爺ちゃんの特訓で、古式泳法を極めているんだぜ」
とその場で立ち泳ぎを披露する。
「オレも、泳ぎは得意だぜ」
ウルフが自慢そうに言った。
「犬かきって言うぐらい、泳ぎは得意だもんな。でも、お前達みたいな身体能力の高いヒトだと、川の上を走れるんじゃないのか?」
当然のように大雅が言うが、
「何をバカなことを」
とタワンは聞く耳を持たない。
「沈む前に次の足を出して、また沈む前に足を出すんだ。そうすれば沈むことなく川を渡れるだろう」
「うーーん、なんか、出来そうな気がしてきた」
その気になったタワンが川渡りをチャレンジする。
「オーー! 渡れるんじゃないか?」
と注目するも、川の真中でスッと沈んだ。
「ヤバい!」
とっさに大雅が救いに行こうとするが、直接触れることが出来ない。
もたついている間に、タワンが沈んで行く。
『ウップ、ウップ』
と顔を出しながら必死の形相で息をする。
「落ち着け、落ち着けって」
とそばにいる大雅が言ってタワンを落ち着かせようとするが、足が着かない恐怖でパニックに陥った。
見兼ねたウルフが飛び込むと、何故かタワンの後に回った。
溺れた人がパニックでしがみ付き、一緒に溺れてしまう怖れがあるからだ。
ウルフがタワンを抱きかかえたまま泳いで川岸に引き上げた。
「ハーァ、ハーァ」
死に掛けたタワンが肩で息をしながら、
「ノロマがけしかけるから、死にそうになったんだぞ」
と大雅に八当たり。
「『水蜘蛛』っていう忍び道具があればいいんだけどな。水の上を歩く専用の靴が」
「ミズグモ? それを早く言えよ」
忍者屋敷に展示してある武具を持って来れたなら、このサバイバルで、きっと役に立ったろうに。
みんなに自慢出来たのにと、残念でならない。
川の中には小魚が居て、大雅に近付いて来た。
全長10センチほどの淡水魚。大雅の体をツンツンとつつく。
「こいつ、ドクターフィッシュだな」
大雅の古い角質、垢を食べるために集まっていた。
小魚がいるってことは、それを餌に大きな魚もいるんだろうな。
『ふーーう』
と深く息をした大雅が川底目指して勢いを付けて潜った。
魚好きの仲間に魚を取ってやろうと深く潜った大雅が川底の異変に気付いた。
これは……。
川から顔を出した大雅が、
「あったぁー! あったぞぉー」
興奮しながら言った。
「急に大声を上げて、どうしたんだよ!」
「何があったんだ?」
「どうしたの? そんなに驚いて」
ただならぬ気配に、皆が身を乗り出して川の中の大雅を見る。
「遺跡の痕跡があったんだよ」
「痕跡って?」
「この川は、単なる川じゃない。陸地を掘って造った堀だ」
「あれが川じゃなく、堀だっていうのか」
「ああ。ここは王宮を守る掘りだ。あの人工物は間違いない。石が規則正しく敷き詰められていたんだ。お前達は間違いじゃなかった。紛れもないスコタイ王国の都、この一帯が堀で囲まれた王宮だったんだ」
「じゃあ、草木が生い茂ったこの一帯が、探し求めていた王宮跡か……」
急いで高い木に登り、高い木のてっぺんにから全体を見渡す。
そして、フランが書き写した地図と照らし合わせた。
地図には王宮の東の端に王墓が書かれてある。
「ここが王宮を取り囲む堀だとしたら……あっちの方角か」
ロッチが指差す方には少し盛り上がった丘のようなものが見えた。
「あの盛り上がった小山が、王墓か」
「あの山全てがそうだとしたら、かなり大きな墓だな」
「間違いなく武王、ラームカム王の墓だろう」
皆がロッチの指さす方を見詰めた。
「丁度、今この辺りの堀に俺達が居るんだな」
「ここが水路の角の部分だとしたら……」
地図と照らし合わせると、王宮の広大さが分かる。
「広大な敷地だな。余りに大き過ぎて、場所が分からなかったんだな。タイガ、お手柄だよ」
ロッチが堀と気付いた大雅を褒めた。
「チエッ! 俺達は何日も掛けて探していたんだぞ…」
獣人の襲撃から身を守りながらの命懸けの苦労を大雅に横取りされ、タワンが文句を言った。
「なんて広大な敷地なんだ。よっぽど偉大な王だったんだろうな」
密林に栄えた古代都市、その繁栄を支えたものはなんだったんだろうと大雅は思う。
古代に繁栄した高度な文明。それを肌で感じられた。
「二千年前に、不老不死を求めて旅立った王が、この地で文明を興し、やがて世界へと広がったとされる」
ロッチの説明に、
「不老不死……。なにか、聞いたことあるな」
と大雅が記憶を遡るように思い起こす。
「その王の孫、王国の最盛期を築いた三代目の武王、ラームカム王が眠る巨大な王墓だ」
「あの墓に、お宝のありかを記した本が収められているんだな」
「俺はお宝なんかより、剣の方が興味ある」
「そうだったな。確か、なんでも切れるって言う聖剣。もしあったとしても、おお昔の剣。もう錆びていて、使い物にならないよ」
大雅達は、それぞれが探索に必要な道具の入った手荷物を持って、王墓を目指して出発した。
フランが書き写した地図をもとに一帯を探索する。
「大規模な墓だから、どんなお宝が中に眠っているのか、考えるだけでも好奇心をそそられるなぁ」
副葬品としてかなりの財宝が埋葬されているに違いない。
「この際ハッキリ言っとくが、俺達は墓泥棒じゃない。王の子孫として、埋もれた文明を世界に知らしめるためなんだ」
ロッチが言うと、
「分かっているよ。慾深い人間、いや、ヒトじゃないことを」
笑顔で大雅は答えた。
導かれるように進んで行くと、丘のように不自然に盛り上がった小山があった。
「あれが、王墓か」
皆の視線が小山に集中する。
自然な丘ではなく、土と石を使って高く盛った丘のような形をした墳丘墓。
「やはり、ここが探し求めていた王墓。そして、このどこかに伝説の王が眠る王墓の入り口があるはずだ」
入口を探して小山の周りを歩いていると、木々に覆われた墳丘の入り口を発見。大きな岩が扉のような形で塞がれていた。
皆で力を合わせて大岩を動かすと、僅かな隙間から真っ暗な闇の中を明かりが差し込み、奥の方まで照らした。
更に巨石を動かして、王墓内に足を踏み入れた。
湿気が凄く、苔が至る所に密集している。
「荒らされた形跡はないな。だとしたら、俺達が初めて足を踏み入れるんだな」
恐れていた盗掘の形跡はない。
「この先は建築に従事した者人以外は誰も見たことがないんだな」
「そう思うと、ワクワクするなぁ」
誰もが興奮を隠せない。
当然、電気の無い洞窟内は真っ暗。
しかし、ネコ族である彼らは、僅かな光でも物を見ることが出来るらしい。
夜行性動物の名残が現代にも続いている優性遺伝なのか、猫人間は暗い所が良く見える。
大雅は見えない。目を凝らすと微かに辺りが見えてくる程度。
「見えないの? じゃこれ使うといいよ」
とフランが背負ったカバン(リュックサック)の中からランタンを出し大雅に渡す。
良く見える。これは便利だ。
菜種油を使った提灯。
足元どころか、周りが明るくなった。
「油は高いんだぞ、もったいないだろ」
タワンが文句を言うが、
「仕方ないでしょう、見え難いんだから。明かりがあった方が、僅かな別の入口の痕跡も、見逃さないでしょう」
そうフランが庇ってくれた。
「ハハッ、猿人は不便な生き物だな」
見下すようにタワンが言った。
この場は張り合っても仕方ない。現に見えにくいのだから、大人しくしているのが得策だ。
単なる洞窟ではなく、手彫りで掘られた立派な通路。
緩やかな傾斜で、地下へと続いているのが分かる。その証拠に、進むに連れ、ひんやりとしてきた。
先に進むと、通路が二股に分かれていた。
「どうするんだ?」
先頭を歩くロッチが立ち止まって振り返ると、皆に意見を求めた。
どっちに行くか迷っていると、
「確か、左が上だったよな」
と大雅。続けて言った。
「『左上右下』(さじょううげ)という左を上位、右を下位とする左上位のしきたりが日本の伝統的な礼法とされている。道に迷ったら、左に進めと爺ちゃんに教わったことがあるんだ」
日本の伝統礼法の一つで左を、と大雅が指示する。
大雅の言葉を受け、
「俺も聞いたことがある。古代の王様から見ると、日は左の東から昇って右の西に沈む。日の昇る東は沈む西より尊く、故に左が右よりも上位だと」
ロッチが言った。
「そこは同じなんだな」
意見を同じくし、
「じゃあ、左側に進もう」
ロッチが決断し、左側の通路を進んだ。
こういう類の墓は、進入者を防ぐための仕掛けがあるんじゃ……。
盗掘を防ぐための恐ろしい仕掛けがあると、冒険ものの映画によく出るシーンを大雅は思い起こす。
見えない仕掛けに大雅は警戒した。
大雅が案じた通り、さっそくの手荒い歓迎。
『ビュン、ビューン』
無数の矢が飛んで来た。
「あっぶねぇー!」
自動発射装置の弓矢が各場所に設置されていて、何かに反応して矢が放たれた。
「危うく死ぬところだった。手荒い歓迎だな」
二千年前の時を経てもなお正確に動く自動装置。
水準の高い文明に大雅は驚嘆する。
今度は、王墓を守る等身大の兵士が行く手を塞ぐ。
「なぁんだ、単なる人形か、脅かすなよ」
通り過ぎようとした時、
『ゴゴゴー』
兵士が動き出した。
「――ワーッ! 動いた」
機械仕掛けの兵士が動き出す。
兵士にまとわり付くホコリが舞う。
だが、ゼンマイで動くロボット。長年の劣化で歯車が錆びていているのか、兵士の動きが止まった。
「歯車が破損して動かないんだな」
中には、足が折れた兵士が居て、倒れてもなお進入者を阻止しょうと虚しく動いている。
大雅は空回りするカラクリ人形に語り掛けた。
「俺達は墓泥棒じゃない、本を探しに来ただけなんだ。王様に危害は与えたりしないよ」
「しかし、壊れてもなお、主を守ろうとしているんだから、泣けるよな」
とタワンが同情する。
先を進む一行を塞ぐように、川が流れていた。
「地下水が流れているんだろう、これ以上は無理だな、他を探そう」
この道を諦め、引き返そうとロッチが言った。
……地下水か……、何か人工的に流れているような気が……。
不思議に大雅は思うものの、
「おい! 何してんだよ、早く行くぞ!」
タワンに急かされ、来た道を戻る。
「確か、もう一つ道があったよな」
「じやあ、そっちが墓へと続く道なのか?」
「そこしかないだろう」
二股に分かれていた分岐点まで戻り、右側の道を進む。
目指す墓にもう直ぐたどり着けると誰もが思い、楽観視していた……。
「ここも、行き止まりだ」
「そ、そんな……」
八方塞がり、進退極まった。
「ここには、墓が無かった。また振り出しに戻ったな」
暗礁に乗り上げ、皆、がっくりと肩を落とす。
落胆し、出口まで引っ返そうとする彼らに、
「諦めるのはまだ早い」
と大雅は引き留めた。
「これ以上、どこを探せっていうんだよ」
「川だ。あの川の向こう側が怪しい気がするんだ」
「川か」
「不自然だろう、通路を避けるように川が流れているなんて」
「…そういえば、そうだよな」
「人の進入を拒むように、人工的に造っているんじゃないのか?」
「じゃあ! あの先に」
「ああ、きっとそうだ」
「地下に、人工の川を造るなんて、どんな仕掛けだよ」
呆れるほどどの大仕掛けだった。