オオカミ退治
オオカミ退治。
王宮を、ましてや王墓を探すためには避けては通れない。
だが、皮膚はゴムのように、矢や剣をも弾く強靭な肉体の半獣半人。相手は恐ろしい人狼だ。
獣人、あのヤバそうな敵を倒すには……。
と大雅は少し考えて、
「犬、いや、オオカミといえば、厳格な縦社会。トップが絶対の権限を持つんだよな。だったら、その一頭のボスを叩けば俺達の勝ちだ。あとの群れは戦意喪失して逃げ出すはず」
ひそひそと策を告げるが、
「そんなにうまくいくかぁ?」
絵空事のようで信じられない。
「強い敵ほど、力を過信する傾向がある。その過信を衝けば、案外もろいもんだよ。そのためには、みんなの力が必要だ」
「分かった。獣人を倒せるんなら、なんでも協力するよ」
と、ロッチが賛同。
「で、どんな作戦だ」
タワンも身を乗り出して聞いてきた。
「忍法、土遁の術だ」
言って、自慢するように鼻をすする。
「なんか、凄そうな名の業だな」
「土を操る術だ」
「土を操るって、竜巻を起こして獣人を吹き飛ばすのか?」
「そんな魔法のようなこと、現実に起こせるわけないだろう。落とし穴戦法だよ」
罠を仕掛ける作戦。
「どんな作戦かと思えば、落とし穴か。正攻法じゃない、卑怯だろう」
「忍者は影の存在。脇役だからな。犠牲は少なく、得るものは大きく、が基本なんだよ」
結果が良ければ全て良し、との大雅の言葉に、
「ふぅ~ん、そんなものかぁ」
なんとなく納得させられるのだった。
森の広場で、堂々と食事をする。
焚き火によるバーベキュー。獣人の好きそうな肉を直火で焼きながら、大声で楽しそうに食べた。
匂いが一帯に流れる。当然、鼻の利く獣人に気付かれた。
「ワシらの縄張りで堂々と。いい度胸しているじゃねえか」
子分達を引き連れた群れのボスが言った。
「馬鹿は単純。引っ掛かり易い」
からかうように大雅が言うと、
「バカだとぉ!」
ボスが赤い顔をして睨みを利かす。
「ここらで白黒付けよう。あんたと俺の、タイマン勝負だ!」
大雅一人前に出た。
「あん時は見逃してやったが、今度は容赦しねえ。お前達は引っ込んでいろ」
大雅の思惑通り、子分達を押し退け挑発に乗ってきた。
一人、前に出たボスだが、猿人に触れるだけで消えてしまう。手出しが出来ず、どう料理しょうかと思案していると、
「あんただけじゃ物足りない。みんなで掛って来いよ」
人差し指を立ててクイクイと動かし獣人を挑発。
「な、なんだとぉー!」
「こっちだよぉ~」
と言ってお尻を見せ、ぺんぺんと尻を叩いて更に挑発する。
「ヌ、ヌヌヌ」
馬鹿にされ怒りが頂点に達した。
「消えて無くなろうがどうだっていい! 八つ裂きにしてやる。ワシの視界に映った全ての者共、皆殺しだぁ!」
もの凄い勢いで突進して来た。
――かかった!
心の中で大雅は叫ぶ。
「お、お前達は引っ込んでいろ!」
ボスの命令を無視し、獣人全員が我先に走り出した途端、消えた。
獣人の踏み込んだ地面が裂け、大雅の目前で姿を消す。
突然の暗黒の世界。天井から光が差している。
「な! なんだ?」
何が起こったのか分からない。
見上げる獣人達に、
「お前達は死んでいたんだぞ、落とし穴の下は本来、先の尖った鋭利な刃物を立っていて、落ちた者を串刺しにするんだ。お前達の負けだ、観念しろ」
見下ろす大雅が言い放った。
状況を察したボスが大雅を鋭く睨みながら、
「ふざけた真似しやがってぇ! 今すぐ、八つ裂きにしてやる!」
吠えた。
「やれやれ、負け犬の遠吠えだな」
タワンがさげすむように言った。
「なにぃ!」
「素直に降参しろ。そうすれば、ここから出してやるよ」
大雅が降伏を進める。
壁には滑り易い粘土が塗ってあり、そう簡単には抜け出せない。
「クッ……」
唇を噛み締め悔しがった。
「なんで、俺達を襲うんだ、何も悪いことしていないだろう」
大雅が聞くと、
「ここはオレ達の縄張りだ。目障りなんだよ」
ボスが答える。
「縄張りか……。あとから来た俺達の方が悪いよな。分った、ここから出て行くよ」
「おい! 何勝手に決めてんだよ。俺達が勝ったんだ、あっちが出ていくべきだろうが」
驚いたようにタワンが言うが、
「いつまでもこの場に留まっていられない。そうだろう、行動を起こさない限り、何も始まらないんだぞ」
「それは、そうだが……。お前が決めるのが嫌なんだよ。ノロマのくせに、俺達に指示するんじゃねえ!」
「タイガの言う通りだ。いつまでも留まってはいられない」
ロッチも意見を同じくした。
「俺達はここを出て行く。出て行くが、あれこれと準備が掛るんだ。その間だけ、待って欲しい。ここから出してやるが、俺達を襲わないと約束して欲しい」
穴の底を覗き込みながら大雅が頼み込むが、
「約束だぁ! そんなの出来るわけねえだろうが。ここを出たら、真っ先のお前をぶっ殺す!」
約束どころか、ボスの怒りは収まらない。
「聞いただろ、獣人相手に約束事なんて通用しないって。あいつらはヒトを襲う猛獣だ。狩りを楽しむ生き物なんだよ。ここで奴らにとどめを刺しておかないと、きっと後悔するぞ」
タワンが諭すが、
「俺は信じるよ。だって、例え敵であろうと、信じ合える気持がなければ、一ミリも進めないんだから」
大雅は獣人のボスを信じ、登るための綱を下ろしてその場から姿を消した。
翌朝、森の中を歩いていると、異臭が。
「血? 血の匂いがするぞ」
「獣人達の狩りで誰かが犠牲に?」
獣人の襲撃を警戒しながら、慎重に血の匂いがする方に近付いて行く。
「あれは、獣人?」
倒れているのは、大柄の若い獣人だった。
瀕死の獣人。息絶え絶え、虫の息だった。
傷付いた獣人が鋭い睨みを利かすが、
「ハハッ、いい気味だ。ざまぁねえぜ。死に掛けの獣人なんだ、そんな脅しでビビらねーよ」
愉快そうにタワンが言い、
「一体、どうなってるんだ?」
大雅が不思議そうに首を傾げた。
「リーダー争いだよ。あの若い獣人が無謀にもボスに戦いを挑んだんだろう」
ロッチが説明する。
「へ~、そんなのがあるのか。従順な犬、仲間思いの犬の中にも、そんな厳しい掟があるんだな」
「あの様子じぁ、負けたんだな」
「どうなるんだ? あの獣人。手当てしないと死ぬんじゃ」
「手当てしても、助からないんじゃないのか。単独で行動する俺達と違って、協力して狩りをするのが獣人だ。仲間に見放された獣人は生きてはいけない」
仕方ないだろうとロッチが言った。
群れを形成する獣人。群れのリーダーであるボスを決める争いに敗れたことで、群れから孤立し、単独で行動しなければならなくなった。
「じゃあ、死ぬのを待つだけなんだな……」
リーダーとの対決に負けた獣人は群れを出ていかなければならない。
群れで行動する獣人にとって、それは死を意味する。
「ああ。あの怪我じゃ、どっちみち助からない。遅かれ早かれ死ぬんだ。まあ、俺達にとって獣人が死のうがどうだっていいことだ」
他人事のようにロッチが言うと、
「このままでも死ぬだろうが、とどめを刺すか?」
とタワンが自慢の木刀を振り上げた。
地球じゃ、どんなに悪い奴でも、大怪我していたら介抱するか病院に連れて行くだろうに。ここじゃ、サバイバルの世界じゃ、常識は通用しないのか……。でも、俺は見過ごすことは出来ない。死に掛けの獣人を、ほおってはおけない。それが、俺の中の正義であり、後悔はしたくない。
「手当てすれば、助かるだろう。まずは止血、血を止めないと」
「はあ、正気で言っているのか? こいつらが俺達にしてきた仕打ちを」
『グッグッー』
鋭い視線で獣人が睨み付ける。
傷付いているとはいえ獣人。屈強な肉体と厳しい顔付きの武闘派。
「それでも、俺は助けたい。ほおってはおけないんだ!」
「は~ぁ、俺の話を聞いていたのか? 敵である獣人を助けるなんて」
「それでも俺は助ける。困っている人、いや、傷付いた獣人を、ほおってはおけない。それが、忍者としての誇りだ」
「また、ニンジャか。助けて、殺されるのがオチだ」
「その時は、俺が命懸けで防いでやるから」
「ノロマのお前に何が出来るんだ! 仲間でもないお前が、いちいち口出しするんじゃねえ!」
大雅は獣人を信じた。仲間になってくれることを。
「私も信じるわ」
とフランも言って、傷付いた獣人の手当てをしょうとするが、
『ウゥーー』
鋭い牙、犬歯を見せて僅かばかりの抵抗をする。
「無理するなよ、俺達は敵じゃない、仲間なんだ」
「何が仲間だ! そのうち、回復したこいつに寝首を噛まれるぞ」
『よせ! これ以上の辱めは受けぬ』
関わるな、とばかりに獣人が声を上げた。
「ほおっておけよ。獣人にもプライドがあるんだろう」
そっとしておいてやれよとロッチが言う。
「ああ、分かった。じゃあ、食べ物だけでも置いておくから。どうせ、お腹すいてるんだろう。気が変わったら、こっちへ、俺達の所に来いよ。俺と同じで、行く所がないんだろうから」
狩りをして得物を採る獣人。きっと群れから離れて何も口にしていない、飢えているはずだと大雅は思い、食べ物をそっと置いてその場から離れた。
「行く所がない……猿人のあいつも、同じか……」
離れて行く大雅達を見詰めながら獣人が呟いた。
『おーーい! たいしょーう。大将はいるかぁー』
早朝、ツリーハウスの下から大声で叫ぶ声がした。
みんなが窓を開けて下を覗き込む。
大雅が目をこすりながら下を見ると、昨日の獣人が居た。
「よく、ここが分かったな」
「オレは鼻が利くからな、僅かな匂いを頼りにつけて来たんだ」
「そうか、犬だもんな。で、大将って誰のことだ?」
「あんただよ、大将」
「おれぇ!」
「おう。大将だ」
「俺が、大将?」
「そうだ、今日からお前に仕える。命を救われたからな。一生掛けて恩を返さねーと、イヌ族の名に傷が付く」
「命を救われたって、大げさな。まあ、この先、お前が居てくれると心強いよ。なあ」
と皆を見ると、
「うん、」「俺も」「僕も」
と賛同してくれたのだが、一人だけ、
「信じれるか! そいつの話を真に受け、食い殺されてもしらねぇぞ!」
タワンだけが猛反対する。
「なんだとぉ!」
ウルフが吠えた。
やれやれ、犬と猫は火と油の関係、向こうの世界と一緒だな。
「本当そう、獣人が仲間になってくれるなんて、やっぱりタイガ君は凄いよ」
嬉しそうにフランが言う。
「……やれやれ」
どうにでもなれとばかりにタワンが頭を掻いた。
皆が恐る恐る小屋から降りた。
大雅の肩に乗っているサスケは怯えている。
「大丈夫だ、襲ったりしないよ」
大雅の言葉とは裏腹に、皆、警戒している。
二メートルを超す筋骨隆々な巨体。
大雅だけは獣人を信じ、彼らを安心させるために近寄った。
「俺達の仲間になるんだったら、自己紹介しないとな」
大雅が獣人に促すと、
「大将が言うんなら仕方ない。オレの名はウルフ、今日からヨロシクな」
そう言って獣人が頭を下げた。
「――あの獣人が頭を下げた」
プライドの高い獣人が頭を下げ、頼み込む姿に皆が驚きを隠せない。
若い獣人の名はウルフ。
ウルフって、まんまの名前だな。
驚きをもって獣人を仲間に迎え入れるのだった。
ウルフは群れのナンバー2の戦闘力。
見ず知らずの異世界での暮らしの中、境遇を同じくする獣人のウルフの存在は、不安を抱く大雅にとって心強い味方となった。
「すっかり怪我が治っているんだな」
「ああ、食ったら治る。オレは不死身だからな」
「獣人って、便利に出来ているんだな」
感心する大雅に、
「そんな訳あるか」
とタワンが突っ込む。
「俺も一人が好きだった。仲間とつるんで行動するのは苦手だったけど、こうして、仲間と行動するのも良いもんだなぁと思えるようになったんだ」
「誰が仲間だ、俺はお前を仲間だとは思っていないがな」
まんざらでもない仕草で、タワンはあえて嫌味を言った。
大雅を拒み続けてきたタワンの心に変化が生まれる。
凶暴な獣人の心を変えた大雅。小さいことを気にせず、広い心を持ち、他人を受け入れる寛容さ。
自身では認めたくないものの、大雅に憧れのようなものを感じるようになっていた。