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百花繚乱

「なんだ! 何があったんだ」

 ロッチとタワンが慌てて中に入って来た。

「これは――」

 異様な二人を見たロッチがフランを抱え、タワンが大雅を木刀でつつきながら、指のくっ付いた二人を必死で引き離そうとするが、

『痛てぇーー!』

『痛ぁーい!』

 大雅とフランが悲鳴を上げる。


「――このままじゃあ、フランが消えてしまう!」

 とっさに、タワンがフランの指に触れている大雅の指目掛けて木刀を振り下ろす。

『バシュッ』

 鈍い音がして二人は離れることが出来た。


「フーーウッ、指がちぎれるかと思った……」

 命拾いした大雅に、

「もう二度と、バカな真似はするなよ!」 

 タワンが釘を刺す。


「何が抱かれたい、だ。こいつ、猿人だぞ」

 タワンが言うと、ロッチは目を合わさず、気まずそうに頷く。

「な、なんで? みんな、ずうっとドアの向こうで盗み聞きしていたのね、最低!」

 赤裸々な話を聞き耳されていたことに怒りを覚えるフランに、

「お陰で助かったんだろうがぁ!」

 タワンが言い返した。


 大雅とフランの二人は未だに震えている。

「猿人は疫病神だ。一緒に居ると、ろくなことはない。ノロマは出て行けよ!」

「もう、しないって。だから……」

 悪かった、と謝るも、

「私の方から誘ったのよ。それに、タイガ君は行く所がないの、帰る所がないのよ。だから一緒に…」

「まだ懲りてねえのか。それにタイガって、名前で呼ぶんじゃねえよ! こいつはノロマだ!」

 タワンの怒りは収まらない。

  

 ロッチも危険を感じて、二人が一緒に居てはマズイだろうと指示する。

「まあ、フランと一緒に居るのはマズイだろう。タイガには、物置にとして使っている小屋があるから、そこで寝ればいい」

「わ、分かったよ」


 本当に、消えるんだな……。


 すっかり意気消沈した大雅は、素直にフランの部屋から出た。


 各小屋には手製の橋が掛けられてあり、自由に行き来出来るようになっていて、フランの小屋を出た大雅は、ロッチに指示された小屋に入った。

「ちょっと、いいかな。中に入るよ」

 落ち込む大雅を心配したロッチが声を掛ける。

 部屋の真ん中、しょぼんと座っている大雅の横にロッチが来て一緒に座った。


 二人は何も言わず黙り込んでいたが、

「タワンは、フランのことが好きなんじゃ…」

 大雅は思っていたことをロッチに聞いた。

「好き?」

 急にロッチが笑い出す。

「笑うことないだろう、こっちは真剣なんだから。好きな子に告白されたはいいものの、強力なライバルがいたんじゃ…」

「二人は、姉弟だよ」

「はぁ~、きょうだい……。そういえば、容姿が似ているな」

「そう。姉のフランに、いっこ下のタワン」

「じやあ、タワンは俺のいっこ下か。なのに、生意気な奴」

 数々の暴言に怒りを覚える大雅。

「幼い頃から二人は苦労してきたんだ。村一番の商家の生まれだったんだけど、盗賊に襲われ両親が殺されそうだ。確か、織物屋だったか」


 だから、シルクの反物たんものを。反物は両親の形見だったな。


「タワンは、自分が弱かったばかりに両親が殺されたと自責の念に駆られているんだろう。もっと強くなりたいと、うちの道場に入門して来たんだ。もう誰も死なせたくない、そんな思いが強いから、姉弟愛が強いんだな。だからタワンは、姉のフランに幸せになって欲しくて、立派なヒトと付き合って欲しんだよ」

「そ、そうか。そうだよな。立派な人間に……。俺には、無理だよな」

 落ち込む大雅に、

「何言っているんだよ。俺が見ていて、君は立派な人間だよ。確かに、俺達より動きは遅いけれど。もっと自分に自信を持てよ」

 ロッチが落ち込む大雅の背中を押した。

 

 部屋の真ん中、ごろんと横になった大雅は目を閉じた。


 今日は、色んなことがあったな……。嫌なことは忘れよう。

 

 疲れから、意識を失うように眠りについた。



 朝日に照らされ、大雅は目が覚めた。

 明るい日差しに誘われ、大雅が窓から外を見ると、


 昨日は夜だったから気付かなかったけど、かなり高い……。でも俺は忍者の末裔、たいしたことはない。


 高い所は平気な大雅。


 木のぼりは得意だが、こんなに高い所までよく登ってこれたもんだ。まあ、獣人が登って来たら危険だからな。フランの後をついて、手や足の掛けどころを真似たから登り易かったんだな。


「それにしても、あーあ、よく寝た。今何時だ? まだみんな寝ているのか」

 小窓を開いて、そこから各小屋を覗き見た。

 小屋から物音が聞こえずシーンとしている。

「こんなに陽が昇っているのに、みんな寝ているんだな」


 そうか、夜行性の猫は朝が弱いんだったな。猫の子孫としての野生の本能が残っているのかな。高い所を好む習性は、猫だよな。それに、睡眠時間の長さ。野生の猫は狩りに備えて体力を温存するため、狩り以外の時間を寝て過ごすんだったな。


 夜行性の習性が残っているか、朝が弱いらしい。

 皆を起こさないよう、大雅はそっと小屋から出て、ゆっくりと地上に降りた。


 広場に出ると、

「いつまで寝ているんだよ! この役立たずが」

 タワンが嫌味を言てきた。

 皆起きていて朝食の用意をしていた。


 夜行性じゃなく、みんな早起きなんだな。寝起きの悪いのは俺、人間の方だったか。


 居候の身の大雅は、気まずそうに眠い目をこすりながら、野外炊事場で朝食の手伝いをする。

「フランは?」

 フランだけが居ない。

「川に行っているよ。体を洗っているんだろう」

 ロッチが言った。すかさず、

「覗きに行くなよ!」  

 タワンが引き留める。

「だ、誰が行くかよ!」

 と言い返すが、


 ないことも、ないかな。昨日、あんなことがなければ、お互いが人間同士だったなら、覗き見以上のことが出来たのに……。


 と残念でならない。


「相変わらず仲が悪いな。相性が最悪だ」

 呆れたようにロッチが言った。

「昨日、盗み聞きされて機嫌が悪いんだ、フラン」

「チェッ、お陰で、命拾いしたんだろうが」

 タワンが舌打ちする。


 しばらくすると、入浴していたフランが戻って来た。

「おはよう、タイガ君。しっかりと寝れた?」

 濡れた髪をタオルで拭きながら大雅に声を掛ける。

 色っぽいフランについ見とれ、

「あ、ああ」

 と返事したものの、触れただけで死にかけたんだと、フランを避けるように視線を外す。

 この行為に一緒固まったフラン。すっかり嫌われたのかとフランは案じるも、大雅に気付かれないようやり過ごした。

 気を取り直し、

「今直、料理するから、待っていてね」

 お腹をすかしているだろう大雅のために急いで料理に取り掛かる。


 主食は、お米とパン。大雅の食べるものとさほど変わらない。

 食事は野菜が基本のベジタリアン。たまに狩った鳥の鶏肉を食べる程度。

 だから無駄な脂肪は付かずにスリムな体型を維持している。

 引き締まった猫人間の体も頷ける。人間だと体脂肪率十パーセントが精一杯だ。



「おい、もったいないだろう。朝飯にこんな贅沢。第一、食料が尽き掛けているんだぞ」

 卵焼きに鶏肉、果物。山盛りのご飯。

 日本人と同じで二本の木の枝の箸で食べるらしい。

「少しぐらい良いじゃない。新しい仲間が加わったんだから」

 朝から張りきっているフランにイラつき、

「仲間じゃねえ、足手まといのお荷物だ」

 タワンが嫌味を言った。


 お荷物って、そこまで言わなくても……。


 自覚はあるものの、年下のくせにぃ、と一瞬、タワンを睨み付けた。


 香辛料を使った鶏肉の煮込み料理は、実に美味しい。

 美味しいものを食べると、自然に元気が湧いてくる。

 出されたものは全て平らげた。


 ご馳走様でした。

 

 手を合わせて大雅は大地の恵みに感謝する。

「チッ、居候の身のくせに。少しは遠慮しろ!」

 タワンがあからさまな態度で舌打ちした。

 

 美人なのに料理も出来て頭が良い。それに裁縫が出来る器用さ。どれをとってもパーフェクトじゃないか。


 大雅がフランに見とれていると、彼女と目が合った。

 慌てて大雅は目を逸らす。

 本来なら嬉しいはずなのに、どうしても避けてしまう。


 昨日、あんなことが、死に掛けたんだ。でも彼女、傷付いたかな。可哀想なことしたな。


 朝食を終えると、運動がてらに皆で森の中を散策。

 フランが先導して大雅に一帯を案内した。

 もちろん、獣人を避けるように行動する。


 突然、木の上から大雅の肩に小さい生き物が飛び乗って来た。

「な、なんだ?」

 驚き見ると、危害のないリスザルに似た小さな猿だった。

 薄茶色の身体に、黄色味がかかった手足に長い尻尾。くりっとしたつぶらな瞳に癒される。

 猫人間には恐れて近付かない小ザルが、何故か大雅を恐れず寄って来る。

「おっ、ナマケモノだぞ」

「怠け者って呼んでいるのか」

「ああ、なんにもせず、ヒトの餌を狙って生きている怠け者の猿だからな」

 とタワン。

 

 ズキぃ、痛いなぁ。馬鹿にされているぞ、しっかりしろよ。お前は人間の先祖だろう、人間の代表として、恥ずかしいよ。


「酷い言われようだな」

 言って同情する大雅は、小さな猿の頭をなでた。

「猿はヒトの残飯をあさる、嫌われ者だ」


 猿は霊長類の王者、動物の進化の最終形態なのに、この星では嫌われ者か……。隕石が落ちなかったばかりに、四足歩行の哺乳類に主役の座を奪われたんだな。


「お前は、サスケ。今日からお前はサスケだ」

 小ザルを抱え上げながら大雅が言った。

「サスケ?」

「ああ、良きパートナーだよ」

「まあ、ノロマのお前には似たもの同士だな」


 すっかり大雅になついたサスケ。

『キキ、キィ』

 身軽な身のこなしで、木から木へと飛ぶ移りながら枝の上で、くるっくるっと回転し自分をアッピールする。

 その俊敏な動きに感心し、

「サスケは、小さい忍者だな」

 と大雅が漏らすと、

「また、忍者かよ」

 うっとうしそうにタワンが言った。

「そうそう、女の忍者は、くノ一って呼ばれているんだ」

「クノイチかぁ。私にも、ニンジャになれるかな」

 フランが言って目を輝かす。

「もちろん。俺よりも身体能力は高いからな」

「ああ、お前は特別なんだよ。みんなよりノロマなだけだ」


 いちいち気に障るが、くノ一のフランとの共演だと、爺ちゃんの忍者屋敷も活況になるだろうな、と大雅は想像し、一人でニヤけた。


「タイガが言っていた、俺達に似た猫って、どういう生き物なんだ」

 とロッチが質問する。

「猫か」

「向こうでは、俺達の先祖はどんな扱いを受けているんだ? さぞ、猿人の良きパートナーなんだろうな」

「そ、そうだな……ペットとして生きている猫は良いんだが……」

「ぺ、ペット?」

 聞き慣れない言葉。

「家族同様に暮らしているんだ」

「そうか、良きパートナーなんだな」

 タワンがホッとするも、

「でも、それはほんの一部に過ぎない。ほとんどの猫や犬は捨てられ、捨て猫として暮らしているんだ。そして、多くが……」

「多くが、なんだ、気になる」

「捨て犬は良いが、捨て猫は悲惨だぞ。猫は寒さに弱いからな。冬、寒さをしのぐために車のエンジンの中に紛れ込むから、朝、車を掛けた時に巻き込まれて、ミンチ…」

「クルマ? ミンチ? なんだ、それ」

「……まあ、聞かなかったことにしてくれ」

 と口を濁して、大雅は続ける。

「何万匹もの猫や犬が殺処分されているだ」

「殺処分って、殺されているのか!」

「ああ、そうだ。悲惨な現状だ。身勝手な人間のペットとして飼われた揚句、捨てられる」

「やっぱり猿人は、疫病神だ」

「そ、そんなこと……」

 悔しいが、言い返せなかった。



 散策する大雅達の前方に、山のような大きい白いものが見えた。

「あれは?」

 見たこともない巨大生物。

「森の王様、メガテリウムよ。この森の中のキングなのよ」

 物知りのフランが説明する。

 キングと呼ばれるナマケモノの先祖。巨大な爪を持ち、立派な骨格のメガテリウム。全長六メートルの圧倒的な巨体を持つ。あの凶暴なオオカミも手を出さない。

 読書好きのフランは様々な動植物の知識があり、詳しく教えてくれる。


「単独では無類の強さだけれど、動きが遅いから、集団で狩りをする獣人の格好の獲物なの。今ではめっきり姿を見かけなくなって。でも、食べるだけだから、必要な分だけしか狩らない。自然の掟みたいなものね」

 メガテリウムの動きは緩慢で草食性。


 ちゃんとルールを守っているんだな。向こうじゃ、自分勝手。捕り尽くして、絶滅に追い込む。人間と犬・猫の違いか。そう考えると、人間の方がよっぽど危険だよな。



「あれは、モア。飛べない鳥なの」

 今度はダチョウに似た巨大な鳥。二足歩行の茶色の長い羽毛に覆われた、三メートルはあるだろノッポな鳥。

 鳥なのに翼が無いのでバランスが悪く見え、見ようによっては胴の短いキリンを見ているようだった。


「あった!」

 ロッチがお目当ての物を発見。

「あれは?」

 それはハチの巣だった。

「これを持って」

 とフランに木細い木の枝を渡され、

「こうやって中に入れるの」

 枝をハチの巣の中に入れて取り出すと、黄金色のハチミツがたっぷりと付いていた。

 食べてみると濃密で甘く、すっごく美味しい。


「ハチの巣って言えば、刺すハチだろう」

 突然、『ブーーン』という音が聞こえた。

 巣を襲われ、怒ったハチが襲って来た。

 黄色の集団。しかも大きい。

「あれ、スズメバチのように大きいぞ!」

 刺されば死ぬこともある巨大バチに襲われるも、彼らは恐れていない。

「しゃがみ込めばいいんだよ。ハチの目は構造上、下を見ることが出来ないからな」

 難を逃れることが出来た。


 さすがは、現地人、いや、ヒトだったな。


 果実を付ける何十種類もの植物が育っている。

 また、野苺も咲いてある。

 トマトに大きなカボチャ。珍しい野菜たち。


 大きな赤いキノコ見て大雅は言った。

「フワフワしていて、まるでベッドだな」

「綺麗に見えて、毒があるから気を付けろよ」

 とロッチ。

「綺麗なものには棘がある、とはよく言ったものだ」

 感心する大雅に、

「タイガ君、こっちに来て。見せたいものがあるの」

 嬉しそうにフランが言って大雅を案内する。


 鬱蒼とした林を掻き分け進んで行くと、開けた場所に出てきた。

「これは……」

 大雅の見たのは、百花繚乱ひゃっかりょうらん。様々な種類の花々が咲き乱れていた。

 黄色の菜の花。紫色のラベンダー。ここぞとばかりに自己主張する草花の原色に大雅は目を奪わる。

 その上を、花の蜜や花粉を集めるために飛び回る巨大バチが飛び交っていた。


 植物には鮮やかな色や香りで癒しを与えてくれる花もあれば、罠で虫を捕えるハンターのような食虫植物もいる。

 植物が、様々な環境にうまく合った性質を進化させた、ハエトリソウ。

「危害はないの。袋に溜まった液体は、栄養たっぷりの栄養ドリンクよ」

「そうなのか? 野菜ジュースように、微妙な味がするのかな」

 大雅には見るもの全てが新鮮に見えた。

 

「これが、手つかずの自然の姿なんだな……」

 爆発的な進化の途中。

 ここは、珍しい動植物の宝庫だった。


 かつて、地球にも存在していただろう珍しい動物。原色の花や木々。しかし、文明の発達によって絶滅へと人間が追いやった。ここでは、化石とかじゃなく本物の生き物たちが見れるんだ。この星は、まさに奇跡の星なんだな。


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