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コロナ禍

 二〇一九年、十二月初旬。中国の武漢で新型コロナウィルスの第一例目の感染者が報告されてから、僅か数ヶ月の間にパンデミックと言われる世界的な流行となった。


 突如として襲った新型コロナウィルスが世界を大きく狂わせる。

 終息ののち再発、何度も繰り返し、一向に回復の兆しが見えない。

 新型コロナウィルスの感染拡大に伴う休業や営業時間短縮は、遊興施設や飲食店などに大きな打撃となっていた。


 ここは滋賀県甲賀市。

 高校二年の朝倉大雅あさくらたいが十七歳は、学校の終わりに祖父の経営する甲賀の郷・忍者屋敷を仕事を手伝っている。

 忍者は日本のみならず、世界中で人気があり、忍者屋敷は多くの観光客で賑わっていた。



 義務教育である中学を卒業してここで働くと考えていたが、両親に、高校ぐらいは行けよと諭され高校に進学したものの、忍者が好き過ぎて学業に身が入らない。


 幼い頃から大雅は、最後の忍者とされる祖父から忍術の訓練を受けていた。

 訓練は身体訓練から精神的なものまで、剣道に柔道に水泳と、甲賀忍者としての資質を向上させていった。


 黒装束姿の忍者。影となり、決して表舞台には出ることのなかった縁の下の力持ちの忍者。必殺の武器を携え、煙の中に姿を隠す忍者に憧れていた大雅は、忍者の末裔で、最後の忍者とされる祖父を心から慕っていた。 



 コロナ禍で、マスクの着用もすっかり慣れ、集団のマスク姿に違和感はなくなっていた。

 忍者を意識する大雅は、マスクの色は黒、服装も黒色を好んで着込んでいる。

 不要不急、三密が嫌というほど染み付いた。

 飲食・観光業界が大打撃を受け、その影響は日本経済を直撃し、不況は深刻さを増した。

 住む家を追われ、その日の食べる物にも事欠く有り様。

 観光の町、甲賀市に暗い影を落としていた。


 街を歩く観光客も少ない。

 当初は飲食業に集中していたが、徐々に様々な業種に広がっていった。

 客足が戻り出すと感染拡大の繰り返し。

 長引くコロナ禍で破綻する店が増えてきた。


 そんな中、祖母が入院。面会出来ない状態が続き、直接会って元気付けられたらどんなに患者を勇気付けられるのにと、歯がゆい思いをしていた。


 いったい、いつまで続くのか……。


「もう、潮時だ。客足は遠のくばかり、開けているだけで赤字になるからな」

 コロナによって甲賀の郷・忍者屋敷も、ピタリと客足が止まってしまった。

「それって」

「ああ、店を閉める」

「大雅も分かるだろう、この状況。コロナの影響で客足が途絶え、閑古鳥状態が続いる。持たないんだよ、分かってくれよ、ワシも辛いんだ」

 そう祖父に告げられ酷く落ち込む大雅。

「お前を後継者に、と考えていたんだが、不安定な忍者屋敷の経営より、大雅の将来のため、安定な会社員が良いぞ。忍者はワシの代で終わりじゃ」

「そ、そんな……」

 

 分かっていた、そうなることは分かっていたけど、これから何を目標に、どうすればいいんだよ。



 昨日の祖父から告げられた閉店の言葉が頭から離れず、大雅は学校へと向かう。

 卒業後の進路について頭を悩ませる。

 将来の展望が見えてこない。お先真っ暗な状況。


 この後、どうなって行くのか?


 不安に押しつぶされそうになる。


 どん底の状況だから、誰も救いの手を差しのべてはくれないだろう。


 ますます気が滅入る。


 県道沿いの杣川そまがわ大橋を渡っていると、何かの違和感を覚えて大雅は立ち止まった。

 その違和感の発した方に視線を向けると、そこには、

 橋の真ん中で思い詰めた様子で下を見詰めている若者が居た。

 すると、若者は欄干を上り出した。


 ――まさか!


 思わず大雅は掛け出した。


 忍者・忍術の伝承者の孫として、日々、人の役に立ちたいと思い続けていた大雅にとって、人命救助という大チャンスが到来した。


 欄干から身を乗り出して若者にしがみ付き、思いっ切りすくい上げる。

「お、おい!」

 若者は死なせてくれと言わんばかりに振り払おうとするが、

「ダメだって! 死んじゃ」


 失業してヤケになり、死にたい気持ちはみんな同じ。先の見えない未来。でも、コロナなんかに負けちゃダメなんだ。


 目の前の自殺者を救えたが、その代償は余りにも大きかった。

 自殺者の身代わりになって、川の無い河川敷の土手に頭から落ちて行く。

『ウワーー』

 大雅の叫び声、逆さまに映った若者のひきつった顔が一瞬見た。


 俺、死ぬのか? 人助けして自分が死んだんじゃなんにもならない。浅はかだった……。


 後悔しても、時間は戻ってはくれない。

 氷の張ったガラスのような壁を破って、さらに落ちて行く。


 まるで底無し沼に落ちたように踏ん張りが利かずに、ゆっくりと沈んで行く。その先には、別の世界が待ち構えている。

 直感的に、もう戻れない。そう感じた。

 この先は、死後の世界だと。


 俺は、死ぬのか? そうだ、もう死んだんだ……。


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