9.この世は非情です
端的に言うと、アンナは見つかりました。
正直、もうすでに死んでいると思っていたのですが、まだ辛うじて生きてはいる。
しかし場所が悪い。
ヴァールの案内通りに進んで辿り着いたのは、草木に隠れた洞窟でした。
身を屈んでやっと入れるかどうかと言った狭い入り口ですが、そのくせ洞窟内はとても広く、同時に沢山の魔物の住処となっているようです。
ヴァールが魔力探知で確認したところ、その数──およそ百体。
そのほとんどは下級魔族のゴブリンばかりですが、中にはその上位種のホブゴブリンもいるらしく、更にはゴブリンメイジやゴブリンライダーと言った通常個体とは少し違った行動を行う変異種も群れに混ざっているとか。
アンナはその最奥にいるようです。
おそらく、薬草採取をしているところをゴブリンに捕まり、そのまま彼らの巣窟に連れ去られたのでしょう。
「いやぁ、これは想像以上ですねぇ」
『呑気に言ってる場合か』
「これでも相当驚いていますよ? こんな小さな森の中に、こんなに大きなゴブリンの巣窟があるなんて、普通なら王国騎士団か冒険者組合に報告するところなのですが……それこそ呑気ですよね」
人間の女が連れ去られた場合、二つの未来が考えられます。
一つは食料。
殺されて、食べられる。救いはありません。
もう一つは孕み袋。
死ぬまで魔族どもの子供を産まされる。これも救いはありません。
結局、魔族に攫われた時点で──女は終わりなのです。
ヴァール曰く、最奥にはアンナ以外の人間の反応もあるとのこと。
その中にはもうすでに手遅れな被害者もいるかと思いますが、アンナまでそうなってしまうのは避けたいところです。
ここで一度帰還して騎士団や冒険者組合に報告するとします。
彼らが動くのは早くても明日。ただ一人の発言だけで大人数を動かすことはできないため、まずは私の報告が真実かどうか調査して、真実であることが分かったら協力者を募って────アンナを救い出せるのは三日後か四日後。
あまりにも呑気すぎる。
助けるのが一日でも遅くなれば、アンナは確実に、先程提示した二つの未来のどちらかを辿ることになります。
…………まぁ、もう手遅れな可能性もありますが。
「さて、と……」
茂みから立ち上がり、服についた砂を払います。
『行くのか?』
「まぁ約束しちゃいましたからね。とりあえず行ってみましょう」
洞窟の中に入ります。
中は松明が一定間隔で置かれていました。それが灯りの役割を担っている様子。……おそらくゴブリンが設置したのでしょう。奴らは知能が低いと言われていますが、暗い場所には灯りをともす程度の知恵はあるようです。
「グアァ!?」
と、第一村人────もとい第一ゴブリン発見です。
私が堂々と歩いてきたことに驚いたのか、三度見くらいした後に、こちらに背を向けて走り出しました。
「侵入者が出たぞー!」と仲間に知らせに行くつもりなのでしょう。
「させません──よ!」
足元の石ころを拾い、投げます。
それはゴブリンの後頭部に直撃し、ゴブリンの頭はパァンッと弾け飛びました。
『……相変わらず恐ろしい』
「この程度のことで怖がらないでもらえます?」
ただ石を投げただけで怖がられるとか、私はどうすれば良かったんですかね。
「っと、そうだ。殺した魔族の部位は持ち帰るのでしたね」
ゴブリンの小さな角を斬り取り、ポーチに入れます。
魔物の素材を冒険者組合に持って帰れば、それに見合った報酬を貰える。ゴブリンの討伐金なんざ塵以下ですが、世の中には「塵も積もればなんとやら」という言葉があります。
それから私はゴブリンを見つけては殺し、見つけては殺す……と単純作業に近い殺戮を繰り返しました。
ゴブリンからすれば私は恐怖の象徴なのでしょうね。
最初の頃は武器を持って襲いかかってきたくせに、今ではもう、私を見つけた途端に驚き、泣き叫び、汚物を撒き散らしながら逃げ惑うようになりました。
まぁ逃がしませんが……。
でも、なんでしょう。なんとなく気分は嫌な感じです。
「まるで私が悪者みたいじゃないですか」
『ゴブリンからすれば間違いなく、その通りだろうな』
「やめてくださいよ。私は愛を求める正義の味方ですよ?」
『愛を求めた結果、無職になったがな……』
それは言わないお約束────って、あら?
「ぐ、グギャァ……」
そろそろ奥に来たかなぁと思っていたら、今までのゴブリンとは少し変わった個体を発見しました。
ゴブリンよりは体が大きく、纏っている装備も質がいい。
「これがホブですか?」
『だな』
「……ふーん。普通のゴブリンよりは強そうですが…………まだまだ弱いですね」
『竜種をぶん殴って倒す戦姫様にとっては、そうだろうな』
なので、サクッと倒します。
ちゃんと角の回収も忘れませんよ。
ホブゴブリンがちょっと泣きそうな顔をしていたのは、見なかったことにしましょう。
「ヴァール。他に生き残りは?」
『……全滅だ。一時間もいらなかったな。さすがは戦姫様だ』
「おだてても木の実しか出てきませんよ」
『十分だ』
「…………やっすい皇竜様ですね」
さて、ここのゴブリンは全滅したようです。
もう私の歩みを止めるものはいない。剣を鞘に戻して洞窟の奥地まで向かい、やがて辿り着いたところは────
「やはり、すでに手遅れでしたか」
地面に転がっている女性の数々。
それらは全て何も纏っていない状態で放置され、中にはピクリとも動かず、すでに事切れている人もいました。
辛うじて生きている者も虚ろな目で虚空を見つめ、動こうともしない──ああ、違いますね。四肢を折られているか切り落とされているせいで、動きたくても動けないのか……。
『酷いな』
「ええ、そうですね」
でも、これが魔族に攫われた者の末路なのです。