8.何やら不穏な予感です
客間を出て王城を後にした私は、宿探しのために城下街を歩いていました。
「「「………………」」」
ちらちらと、様子を窺うような視線を感じます。
それは私の頭上──呑気に木の実を頬張るヴァールに注がれていました。
やはり、竜は人目を集めるのでしょう。
この子を旅に連れてきた時点で目立つことは分かっていました。それに私は戦姫として嫌でも人目を集めていた身。大勢から注目されるのは今更なので、特に気にすることなく街中を歩きます。
「さて、宿はどこにしましょうか」
「キュイッ」
陛下と一緒にここを訪れた時は当然、王城にある来客用の部屋に泊まっていました。
そのためどこに宿があるとか、どこがおすすめとか、あまり詳しく知りません。…………困りました。宿の他にも寄りたい店があるのに、ぶっちゃけ何も知らないせいで半分迷子です。
「まぁ、適当に歩いていれば良い宿が見つかるでしょう」
「…………キュイ」
本来なら「計画性のある行動を……」と言いたいところですが、旅は自由気ままにするもの。たまにはこうやって街並みを眺めつつ、適当にぶらぶら歩き回るのも悪くありません。
「あ、ヴァール。見てください屋台がありますよ」
戦姫だった頃は私がいるだけで皆が手を止め、祈るように膝を折り始めるので、ゆっくりと散策することはできませんでした。
あの時に比べれば、ヴァールへの注目度なんて無いようなもの。
ああ、認識されないって素晴らしい……。
「おじさん。肉串二本くださいな」
「はいよ! ──おっ、嬢ちゃんえらい美人さんだね。見たことない顔だ。この国は初めてか?」
「……ええ。さすらいの傭兵をしています。初めて訪れましたが、ここは街並みが綺麗で活気もあって、良いところですね」
「ははっ! 愛国民に嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか! よぉし! 珍しい竜種も拝ませてもらったことだし、アンタには特別に一本おまけだ!」
「あら太っ腹ですね。ありがたくいただきましょう」
存分にタレが付いた肉串を受け取り、熱いうちに頬張ります。
…………うん。普通に美味しいです。でもその『普通』が一般人には最も好まれる。王宮付きのシェフが作る料理とはまた違った刺激的な味にも、妙な中毒性があるんですよねぇ。
『うむ。悪くない』
と、ヴァールもお気に召した様子。
でも私の頭上でそれを食べないでほしいです。髪にタレを落としたら怒りますからね。
「あ、そうだ。おじさん。今宿探しをしているのですが、どこかおすすめの宿ってありますか? 質の良いベッドがあれば最高なのですが……」
「それなら狐の果実亭だな! あそこは安い割に綺麗で、女将の料理も美味い。冒険者や傭兵には特に人気の宿なんだ。この大通りを進んだところに看板があるぞ」
狐の果実亭、ですね……覚えました。
「ありがとうございます。では早速、そちらに行ってみますね」
屋台のおじさんが言っていた感じ、中々に期待できる宿のようです。
一体どんなところなのか。今から行くのが楽しみですね。
「──っと、ありましたね」
『狐の果実亭』と書かれた看板を見つけました。
どうやら宿は大通りから少し外れた脇道にある様子。矢印の案内通りに歩いて、少し進んだ先でようやく同じ看板がある宿の前まで来ました。しかし──
「うん?」
何やら様子がおかしい。
それを素早く察した私は、何があったのかを確かめようと玄関をくぐります。
「あ、いらっしゃい……!」
屋台のおじさんが言っていた女将でしょうか。少し中太りな女性と、彼女の旦那さんらしき人が受付にいました。
でも、やっぱり何かあったのでしょうね。
お二人の表情には焦りの色が滲み出ており、どう見ても訪れた客を歓迎しているようには見えません。
「こんにちは。お部屋をお借りしたいのですが、一部屋空いていますか?」
「あ、ああ……一人部屋ならまだ空いてるよ。でもごめんね。今、手が離せなくて……少しだけ待ってくれるかい?」
「もしや、何か問題でも……?」
そう聞くと女将は躊躇い、しかし少しでも人の手が欲しいと思ったのか、その口を開きました。
「実は、娘が帰ってこないんだ……」
「娘さんが? その子はどこに?」
「料理に使う薬草を採りに、近くの森に行ったんだ」
「あそこの森は入り口付近なら魔物がいない。だから娘でも問題なかったんだ。なのに……」
娘さんは薬草採取に行ったきり、帰ってきていない。
森の入り口には魔物がいないから子供でも安全で、その口ぶりからして、何度も娘さんは薬草採取に行っていたのでしょう。
でも、今日に限って……いつまで経っても帰ってこない。
「なるほど、ね」
近くの森とは、私が通ったあの森のことを言っているのでしょう。
たしかに魔物はいなかった印象があります。
しかし、あそこには今────。
「分かりました。私が行きましょう」
「いいのかい!?」
「ええ。娘さんを心配に思う気持ちは分かります。このまま無視するのも気が引けるし、こうして出会ったのも何かの縁。私で良ければ力になりましょう」
しかし、タダでとは言いません。
「娘さんを見つけた暁には、宿代を割引してくれると嬉しいですね」
「あ、ああ! 娘が帰ってくるなら無料だって構わないよ!」
「いや、それは流石に申し訳ないので割引でいいです」
どうせすぐに大金が舞い込んでくるのですから、無料にしてくれなんてケチ臭いことは言いません。
──え? だったらタダで助けてやればいいって?
それとこれとは話が別。無償で受けてあげる依頼ほど怪しいものはないので、信用を得るためには多少の対価が必要なのです。
「娘さんの名前は? それと、娘さんが愛用していた物があれば貸してください」
「娘の名前はアンナだ。物は……置き忘れて行ったハンカチでいいかい?」
「十分です」
可愛らしい刺繍が施されたハンカチを受け取り、ヴァールに嗅がせます。
『全く、我は犬ではないのだぞ。もっと竜種らしい扱いをだな……』
(あーはいはい。いいからさっさと覚えてください)
私の宿代が掛かっているのです。
ペットとして、しっかり仕事してくれなきゃ困ります。
「では行ってきます。大丈夫、すぐに戻ってきますよ──っと、そうだ。お腹が空いているので料理の準備をお願いしますね」
屋台のおじさんから「ここの料理は美味しい」とお墨付きをもらっています。
期待通りの料理が出てくることを楽しみにしながら、ちゃちゃっと娘さんを連れ帰りましょう。
最後のところ
「ちゃちゃっと」or「ちゃっちゃと」で迷いました。(どうでもいい報告)