7.王女様からの依頼です
リシェーラ王国に行く。
報酬を貰う。
お姫様の護衛も達成。
ついでにその報酬も貰う。
はい、さようなら。
そうなるはずでした。
私の中では、そうなる予定でした。
なのに────
「ヴィアラ様。王族より貴女様に、正式依頼を申し込みます。
──どうか私をお救いください」
どうしてこうなってしまったのでしょうか。
◆◇◆
時は少しだけ遡ります。
検問を抜け、城下街に入った私達は、そのまま王城へと向かいました。
お城の中を案内され、報酬の用意ができるまで客室でゆっくりしていた私は、この後どこに行こうかなぁ……と呑気にヴァールとお話ししていたのです。
やがて大勢の騎士と共にやって来たクリスティア。
今思えば、何が何でもその時点で逃げ出すべきだったのだと──そう後悔しても遅いのでしょう。
「ヴィアラ様。王族より貴女様に、正式依頼を申し込みます。
──どうか私をお救いください」
そして冒頭に至ります。
「えっと、詳しい話をお願いできますか?」
急に大勢の騎士がやって来て、急に正式依頼を申し込むと、自分を救ってくれと言われて……流石の私も、話の筋が読めません。
とりあえず膝元に抱えた大量のお菓子をポーチに片付け、ちょっとだけ温くなった紅茶を飲み干し、近くの侍女におかわりを頼み、どっかりと座っていた状態から姿勢を正し、話を聞く体勢に切り替えます。
「まだ公言していないのですが……私には婚約者がいます」
「…………へぇー」
反応が遅れたのは、婚約者の存在に驚いたからではありません。
それを私に話すことと、依頼でクリスティアを救うことに何の関係があるのか。それを考えていたから反応が遅れ、相槌も適当になってしまったのです。
にしても、クリスティアに婚約者ですか……。
たしか彼女は16歳くらいでしたっけ。そういった相手がいても不思議ではない……むしろ、貴族ならこれが普通でしょう。
「相手はラエット王国の第二王子、レイド殿下です」
「…………あー、あの悪ガキか」
「え?」
「あ、いえ、なんでもありません」
私はラエット王国お抱えの特例騎士。当然、レイド殿下のことは知っています。彼が小さい頃は何度か遊んであげたこともあります。
あの時は子供らしいヤンチャな性格で、会うたびに変な悪戯を仕掛けられました。変なところに隠れたり意味もなく城内を歩き回らせたり、その度に面倒事を起こすので、いつしか「悪ガキ」と呼ぶのが癖になってしまいました。
いやぁ懐かしいですね。
今は流石に成長して多少マシになりましたが、兄弟の中では一番勝気な性格に育ち、悪戯はしない代わりに何度も私に剣術での試合を挑むようになりました。
そのくせ負ければ毎回変な捨て台詞を吐くし、手加減したら激怒するし、二人きりの時は私のことを「おばさん」って呼ぶし──面倒なことには変わりないので、相変わらず私は彼を「悪ガキ」もしくは「クソガキ」と呼んでいるのです。
しかし、あれとクリスティアが婚約ですか、って、あれ? たしか彼には…………いえ。これを言うのは野暮ですね。
「で、その話と私の依頼にどのような関係が?」
「私とレイド殿下の正式な婚約発表がされるまで、ヴィアラ様には私の護衛をしていただきたいのです」
なぜ、と私は問います。
「クリスティア様の乗った馬車が賊に襲われるのは、実は……初めてではないのです」
「単なる偶然では?」
「今まで襲ってきた賊どもは、どれも統率の取れた動きをしていました。これが単なる偶然だとは思えません」
統率の取れた動き、か……。
たしかにそれは偶然では片付けられない。賊は本来、道を踏み外した素人ばかりです。もし先程のような賊が大量に湧いたら、誰も森の中を通ろうとはしないでしょう。
つまり、彼らはこう言いたいのです。
「お二人の婚約を好ましく思っていない存在が裏で動いている、と?」
「その可能性は否定できません」
「…………ふむ」
どうやら予想以上に、面倒なことになっているようです。
クリスティアとレイド。この二人が婚約することで損をする者。それが邪魔をしている……という予想は間違っていないのでしょう。
そこで連中はか弱いクリスティアに狙いを定めた。
賊を利用して彼女を攫ってしまえば、彼女はもう世間では『傷物』として扱われてしまいます。誠実さを重んじる貴族にとって、未婚の非処女は価値がありません。それが王族となれば余計に重要視される。
処女を失っていなくても、もはや関係ありません。
──未婚の女性が男連中に攫われた。その事実と非処女の疑いが、女としての価値を底辺まで落とすのです。
まぁ間違いなく、婚約は無かったことにされるでしょう。
ラエット王国は、陛下やレイドはそれを気にするような人ではありません。
それでも世間体を考えると、無理に婚約してしまえば双方に不利益となるため、仕方なく婚約解消となってしまうのです。
「面倒ですね。貴族ってのは……」
これには半分、愚痴が込められています。
貴族の間で何かしらの問題が生じた時、それは決まって体裁とか規則とか、そう言った堅苦しくて面倒な習わしばかりが邪魔をする。
ラエット王国でも貴族間のそれが問題視されていました。
特例騎士という役柄、それに巻き込まれることもありました。
だから、もう……正直うんざりなんですよ。
ここで依頼を引き受けなければ、私は面倒事から逃げられる。
しかし、私の可愛い妹分が危険に晒されようとしている。それを見て見ぬ振りするほど、私は落ちぶれていないつもりです。
「前金で200万ユル。依頼を達成した際にはその倍額。──どうでしょう?」
報酬金を提示すれば、周囲に動揺が広がりました。
クリスティアを護衛する。それの報酬金が600万ユル。ちなみにこれは四人の平民家族が一年間、普通に暮らせる金額です。
たった一度の護衛で払うような額ではない。
それを理解した上で、私はそれが最低条件だと交渉を持ちかけました。
でも、その程度の報酬金で世界最強の保護を受けられるのです。
むしろ友情価格で安くしてあげたことに感謝してほしいくらいなのですが、私の正体を知らない騎士達は怒気を含ませ、「ふざけるな」と言いたげに私を睨みつけてきました。
「クリスティア様! いくら何でも、この金額は法外です。素性も分からない傭兵に、そのような大金を支払う価値があるとは思えません!」
「身の程を弁えない傭兵に、王女殿下が頭を下げる必要はありません!」
と、非難轟々。
「私は別に構いませんよ。賊を追い払った報酬金は貰えたし、貯金はまだ十分にあります。そちらが払えないのであれば、この話は無かったことに……」
「──払いましょう」
クリスティアの判断は早かった。
騎士はもちろん反対しました──が、彼女の考えは変わらない。
「私はヴィアラ様のお力を信じます。『自分の勘は信じなさい』と、この世で最も尊敬する人から教わりましたから」
「……ええ、正しい判断だと思いますよ」
「ですが、申し訳ありません。200万ユルの大金を私の独断で用意することはできないため、少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
クリスティアの瞳は、燃えるように揺らいでいました。
「構いませんよ。ただし期限は三日です。──出来ますね?」
「はい。それまでには必ず」
いいでしょう。これで契約成立です。
「私は城下の宿に滞在します。お返事、期待していますよ」