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6.仲睦まじいです


 おかしなことになってしまいました。

 適当に助けたら適当にお礼を受け取って適当にさようならする予定だったのに、なぜか私は今、リシェーラ公国第一王女クリスティア王女殿下の招待を受け、彼女が乗る馬車に同行して王城へ招かれることとなりました。

 …………え、意味が分からない?

 大丈夫。安心してください。私にも分かりません。


「………………」

「………………」


 と、視線を感じます。

 それは馬車に乗車している二人、王女クリスティアとその専属護衛騎士アルバートのもの。

 なんだろうと様子を観察してみたところ、それは私の膝元──呑気に木の実を食べている小竜へ注がれていることが分かりました。


「気になりますか?」

「っ、あ、いえ……! その、竜種を見るのは初めてなので……」


 竜種は普通、人前に姿を現さない。小竜ならば尚更です。

 その姿を見ないまま一生を終えることも珍しくなく、だからこそ竜は尊敬と畏怖の象徴にされるのだと、どこかで聞いたことがあります。


「触ってみます?」

「え! いいのですか!?」


 試しに言ってみると、クリスティアは嬉しそうに声を弾ませました。

 竜種は恐れられることのほうが多いのですが、どうやら彼女は憧れの気持ちのほうが優っていたみたいです。


「し、しかし……まだ子供とは言え竜。危険ではないのですか?」

「この子は賢いので問題ありませんよ。もし粗相した時は──分かってますよね?」


 最後の言葉はヴァールに向けたものです。

 私の可愛い妹分に何かしやがったらトカゲ肉にしてやるぞと、そのような目で睨みつけてやれば、ヴァールは青い顔をしてコクコクと何度も頷きました。


「ほら、抱っこしてあげてください」


 クリスティアは恐る恐ると言った様子でヴァールを受け取り、その膝に乗せました。

 人の言葉や感情を読み取れる私の相棒です。相手が何をすれば喜ぶのかを理解している彼は、その丸い瞳でクリスティアを見つめ、可愛らしい声で「キュイ」っと鳴きます。……うーん、あざとい。


「どうです? 可愛いでしょう?(見た目だけは)」

『おい。それはどういうことだ』

「この子はヴァール。チゴの実が大好物なんですよ。……よければ、食べさせてあげてください」


 ポーチからチゴの実をいくつか取り出し、手渡します。


「収納魔法が付与されたポーチ? そんな高級品を、傭兵が……?」

「たまたま入手したんですよ。こう見えて、傭兵としてはかなり腕が立つほうなので」


 収納魔法とは、異空間の中に荷物を収納できる魔法のことを言います。

 それをポーチやバッグなどに付与することで、魔法が使えない人でも楽に持ち運びができるようになる。長旅をする上では必需品だと言ってもいいくらいには便利な魔法道具です。


 しかし、クリスティアは小竜に夢中なのに、アルバートは収納魔法が付与されたポーチに注目しますか……流石は王族の護衛騎士。剣の腕だけではなく観察眼も中々に鋭い。

 そのせいで変な疑いを掛けられてしまいましたが、傭兵でも数年貯金すれば問題なく買える品物なので、私が持っていてもおかしくはない。そう言うと彼も納得してくれたのか、今度はヴァールに餌付けするクリスティアへと意識を移しました。


「わぁ……! 見てください()()! 小竜が私の手のひらで、木の実を食べていますよ!」


「すごいです! 竜種は皆賢いと聞いていましたが、こんなにおとなしくて利口で、それに可愛らしい……特にこの瞳なんて、くりくりしていて……!」


「はぁぁぁ……私、小さい頃から竜に憧れていて。でも竜を間近で観察する機会なんて滅多にないので、今本当に嬉しいです!」


 と、クリスティアは興奮さめやらぬようで、ずっと彼女の護衛騎士へと話しかけています。

 それを受けたアルバートは嬉しがる主君を見ながら、にこやかに相槌を打つ。


 二人の空間、と言うのでしょうか。

 第三者が割って入る隙すら、この二人の間にはありません。

 恋人同士が会話しているような、和やかで甘ったるい雰囲気すらあります。……まぁ、身分が違いすぎるので絶対にそれはあり得ませんが、二人の距離感がそれくらい近いことは分かっていただけたでしょう。

 姫君と護衛騎士はずっと一緒に行動する。それがあってお互いに信頼し合っているのかと思いましたが、どうやら違う様子。


「お二人は、随分と仲がいいのですね?」


 だから聞いてみました。

 クリスティアはその発言でハッと我に返ったらしく、頬を赤らめながらコホンッと咳払いを一つ。

 しかし、今更取り繕っても、もう遅い。

 肩が触れ合う距離で竜を観察している姿も、クリスティアが護衛騎士のことを『アル』と愛称で呼んでいたことも、私の鋭い観察眼は見逃しませんでした。


「僕とクリスティア様は幼馴染のようなものなんです。友人と言うよりも親友に近く、お互いに興奮すると、つい……昔の癖が出てきてしまって」


 怪しむ私に、アルバートが丁寧な解説をしてくれました。

 ……そういうことでしたか。たしかに幼馴染の関係ならば納得の距離感です。私も長年の付き合いがある人は複数いますが、それくらいになれば男だろうと普通に触れ合っていたし、当たり前のように愛称で呼びあっていました。

 流石に大勢の目があるところでは規律を優先しましたが、私も目の前のお二人のような誰の監視もない空間では、同僚達と砕けた口調で話すことが多かった。


 きっとお二人も、馬車の中で初めての小竜との触れ合いでと……一気に様々な出来事があったせいで公私混同してしまったのでしょう。


 ああ、大丈夫ですよ。

 私は口が固いほうなので、馬車の中で見た光景は記憶の中だけに留めておきます。

 これを口外して王族に目をつけられるほうが面倒だし、クリスティアにも心を許せるお友達がいたことを知れて、私も嬉しいので。


「あの、ヴィアラ様。初めて竜を見ましたが、小竜とは皆、このように大人しいものなのですか?」

「ヴァールが特別なだけですよ。普通の小竜は人に懐かないし、そもそも親竜がいるので近づくことすらできないと思います」

「では、なぜヴィアラ様はこの小竜を?」

「この子は偶然見つけました。一目見て私を親だと思ったのか、その時からずっと一緒です」


 これは今さっき考えた嘘っぱちです。

 本当は偶然出会った皇竜と口論になり、大喧嘩した末にぶん殴って従えただけ。

 しかし、そう説明したところで誰がこの話を信じてくれるでしょう? また余計な疑いを掛けられるなら、まだあり得そうなことを言ったほうがいいと思ったため、先程の嘘をつきました。


「なるほど……でも、プライドが高いと言われている竜に懐かれるなんて、ヴィアラ様が羨ましいです」


 と、クリスティアは言っていますが、私の目にはしっかりとヴァールが懐いているように見えました。

 餌付けされたから気を許したのでしょうか。

 それとも優しく撫でられたから機嫌が良くなったのでしょうか。


 その程度で心を許すなんて────。


(軽い男なのですね)

『っ──!?』


 独り言のようにそう呟いたその瞬間、ヴァールが急にクリスティアの腕の中から飛び出し、私の膝元に戻ってきました。


(ヴァール……?)

『……我が心を許したのはシルヴィア。其方だけだ』

(え、なんですか急に。気持ち悪い)


 ヴァールがコケました。それは盛大に。

 膝から転げ落ちる直前で慌てて掴みましたが、先程の行動や発言といい、いったい何がしたいのでしょう?


「ほら、クリスティア様が寂しそうにしてますよ。行ってあげてはどうです?」

『……………………ふんっ』


 さっきまで機嫌が良かったのに、急に不機嫌になりましたね。

 何なのでしょう。変なヴァールですね。


「──あ、森を抜けましたね」


 窓の外が急に明るくなりました。森を抜けて平地に出た証拠です。

 ここを抜けてしまえば後は開けた道を通るだけ。魔物や賊の心配はありません。もう私が護衛してあげる必要は無いのですが、クリスティアに「ダメですよ」と釘を刺されてしまいました。

 ……まだ何も言ってないのに。


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