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5.妹との再会です


「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」

「いえいえ。困った時はお互い様ですよ」


 結局、捕縛できたのは賊の頭だけでした。

 賊は森の動き方を熟知しているのか足が速かったし、十人くらいいた彼ら全員を捕まえるのでは時間が掛かってしまいます。だから見逃しました。

 それに、当初の目的だった騎士達への助力は達成しました。まずはそのことを喜びましょう。


「しかし、本当に間に合って良かった。駆けつけるのが遅かったら、どうなっていたことやら……」

「面目無いところをお見せしました。この森にあれほどの手練れが出てくるとは思わず、気づいた頃には周囲を包囲されていて──と、これはただの言い訳ですね」


 若き騎士は苦笑し、姿勢を正します。


「改めてご助力感謝します。僕はアルバート・ディライス。リシェーラ公国第一王女、クリスティア王女殿下の専属護衛騎士です」


 呼称なっっっが。


「これはご丁寧に。貴方がクリスティア様の専属護衛騎士と言うことは、まさかあの馬車に乗っているのは……?」

「ええ、あの中には僕達が護衛する」

「──貴女が助けてくださったのですね」


 と馬車に目を向けた時、その扉が内側から勝手に開かれました。

 そこからゆっくりと降りてきたのは、とても豪華なドレスを着込んだ成人手前くらいの可憐で美しい少女でした。

 ──クリスティア王女殿下。

 リシェーラ公国はラエット王国と同盟を結んでおり、その関係で私は何度か、陛下の護衛役のためにリシェーラ公国へと赴いたことがあります。そこで彼女とは会ったことがあります。なので、その顔を見てすぐに本人だと分かりました。


「クリスティア様! まだ外は危険です。どうか馬車へお戻りください!」

「いいえアルバート。私は王族として直接お礼を言うべきです。命の恩人に対し、馬車の中まで来いだなんて、失礼なことはできません」


 アルバートの心配は勿論ですが、クリスティアは聞こうとしません。

 ……どうやら少し見ないうちに彼女も成長したようですね。前はとても可愛いらしい声で「おねーさま!」と甘えてきたのに、もう二度とそれを聞けないのかと思ったら、少し……寂しくなっちゃいます。


「初めまして旅の御方。賊の手からお救いいただけたこと、一族を代表して感謝いたします。……よろしければお名前をお伺いしても?」

「……………………」

「旅の御方? どうされました?」

「……あ、いえ。すいません。あまりにも御綺麗だったので、つい……見惚れてしまいました」

「あら、お上手ですね。あなた様のような麗人からそう言っていただけると嬉しいです」


 今の言葉は本心ですが、ちょっとだけ誤魔化しも入っています。

 先程も言った通り、クリスティアとは何度か会ったことがあります。つまらない大人達の会議の暇潰しに彼女と遊んだこともあります。自慢ですが姉のように慕われていたと思っていました。


「────あ、」


 顔を触ってようやく気がつきました。

 そういえば私、クリスティアに素顔を見せたことありましたっけ……?


 どんなに強くても、女だからと馬鹿にする輩は一定数います。

 それは無駄に高いプライドを持っている騎士や貴族に多く、ついでに私は自他共に認める美人なので性的な目で見られることも多い。だからせめて顔は隠そうと思い、国外に出る時は常に兜を被っていたのでした。


 クリスティアは私のことを忘れた訳ではない。

 ただ単純に、私の顔を知らなかっただけなのです。


「申し遅れました。私はヴィアラ。さすらいの傭兵です」


 ヴィアラは私の愛称です。本名は言いません。


 私は騎士を辞めた。

 それを話してしまえば国際問題になりかねません。

 ラエット王国は私の抜けた穴を補填する必要があり、その間、ラエット王国は準備で隙だらけになる。

 そのため、十分な補填が済むまで私が騎士を辞めたことは秘密にしておいてくれ、と陛下に頼まれていたのを今、思い出しました。


 私のことを知っている者がいれば「どうしてここにいるのか」とか「国にいなくて大丈夫なのか」とか、聞かれて当然のことを聞かれるでしょう。

 それをいちいち誤魔化すのは正直、面倒臭い。

 ならば、いっそのこと私の正体を隠していたほうが後々楽になるだろうと判断しました。


「ヴィアラ様ですね。貴女と出会えたことに、心から感謝を……」


 クリスティアは深々と頭を下げました。

 それに倣ってアルバートや周りの騎士達も敬礼を私に。傭兵相手とは思えない誠実な姿勢です。

 ──相手が誰であろうと受けた恩は返す。

 それがリシェーラ公国の良いところだと思います。陛下もそんな彼らを評価し、同盟を結んだと言っていました。


「どうか頭を上げてください。困っている人がいるから助けた。当然のことをしたまでです」

「ありがとうございます。ヴィアラ様はお力があるだけではなく、心も優しいのですね。まるでお姉様を見ているようです」

「お姉様……」

「あ、お姉様は私の尊敬する人なんです。……血は繋がっていないのですが、私は彼女を本当の姉のように思っています。お姉様はとても強くて、すごく優しんですよ! だから、私もあの人のようになりたくて──!」

「クリスティア様。お話は程々に。もう賊がやって来ないとは限らないため、早いところ森を抜けてしまいましょう」


 口早に語り始めたところでアルバートの制止の声が。

 クリスティアはそこでようやく我に返ったのでしょう。またやってしまったと顔を赤くさせ、両手で顔を隠してしまいました。


「申し訳ありません。クリスティア様は戦姫様のことになると饒舌になってしまう癖があり、何度も注意しているのですが、これが中々治らず……僕達も困っているんです」

「戦姫ですか……」

「ええ、傭兵にはあまり興味のない話だと思いますが、その名前くらいは聞いたことがあるかと。クリスティア様はその御方を尊敬しています。……いや、敬愛していると言っても過言ではないでしょう」

「へ、へぇ〜……」


 クリスティアが私のことを想ってくれているのは知っていましたが、まさかこれほどとは……。

 しかも本人を目の前にしてのべた褒めなので、ちょっと恥ずかしくなって目を逸らしちゃいました。


『人気者は辛いな』

(うるさいですよ。ヴァール)


 ヴァールの声は私にしか聞こえません。

『念話』でしたっけ。竜種は人間のように喋れないため、その代わりとして言葉を直接脳内に送信するための魔法だと、ヴァールが教えてくれました。


「クリスティア様。出発の準備が整いました。馬車にお戻りください」

「それじゃあ私はここで。残りの道中もお気をつけ、ん?」


 賊は追い払った。もう襲われる心配はないでしょう。

 もしまた襲われたとしても、残りの騎士だけで十分対処は可能。そう判断して去ろうと思ったのですが、なぜか引っ張られるような感覚がありました。

 服の裾には、とても細い指が──これはクリスティアのものです。


「あの、王女様……?」

「折角です。ヴィアラ様も一緒に参りませんか?」

「へ?」

「ちょ、クリスティア様!?」


 私からは変な声が、アルバートからは慌てたような声が同時に飛び出しました。

 この発言は全員、予想していなかったのでしょう。周りの他の騎士も驚いたように目を開き、それぞれが行っていた作業の手を止めていました。


「王女様、折角ですがお断りさせていただきます」

「ヴィアラ様が居てくだされば、残りの道中も安心できます」

「おそらく、もう賊は襲ってこないかと。貴女の騎士だけで十分では?」

「彼らは見ての通り、先程の戦闘で消耗しています。魔族の襲撃の危険性もあります。どうかご同行をお願いいたします」

「いや、しかし……」

「報酬は渡します。命を助けていただいた謝礼として、その分の褒美も与え」

「喜んで同行しましょう」


 報酬が出るなら話は別です。

 しかも賊を追い払った褒美まで……これは受け取らない訳にはいきません。


『……………………』


 ヴァールからの無言の圧力。

 お金は大切なのです。貰っておいて損はないので、そんな非難するような目を向けないでください。


「では私は、他の方々と同じように」

「いいえ。ヴィアラ様は恩人です。恩人を歩かせる訳にはいかないので、馬車の中へどうぞ」


 何か言われたら、すぐに言い返される。

 あれぇ? この子ってこんなに強引だったっけ?

 私の記憶ではもう少しお淑やかな子だったと思うのですが……やっぱり、成長して少し変わってしまったのでしょうか。


「……諦めてください。この御方は、一度言い出したら聞かないのです」

「あ、はい」


 アルバートに助けを求めたら、首を振られました。

 どうやら私に逃げ場は無いようです。


「わかりました。では、ご一緒させていただきます」

「っ、はい!」


 仕方なく頷けば、返ってきたのは花が咲いたような満面の笑み。

 うちの妹は本当に可愛いなぁ……もぉ〜〜。


『面白い』『続きが気になる』

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