4.おかしな人に遭遇しました
私は今、森の中にいます。
野宿しながら平原を歩き、道が続くままに森へ。ここを抜ければ私が目的地としているリシェーラ公国に行けるのですが────。
「ん?」
『む?』
私達は同時に、その異変に気付きました。
私は聴覚で遠方より届いた剣戟の音を。ヴァールは嗅覚で風に乗って流れてきた血の臭いを。
『荷物を狙った賊か……』
「ええ、どうやら馬車が襲われているようですね」
それは私達の進路上から若干外れた場所。耳を澄ませて音を拾った感じ、襲われている方も襲っている方も、かなり派手にやっているようです。
『どうするのだ?』
「うーん。とりあえず行ってみましょうか」
助けられる命があるなら、助けてあげたい。
そのついでに謝礼金を頂けたら文句なし、です。
──森の中を駆けます。
エルフは森での移動において、どの種族よりも長けている…………ということはありませんが、森で生活していただけあって多少の動き方は学んでいます。
それはまるで風のように。木々の間をすり抜けて辿り着いた先では、想像通りの光景が繰り広げられていました。
「馬車を死守しろ! 絶対に、賊どもを近づかせるな!」
彼らは騎士でしょうか。
馬車に乗っている誰かを守ろうと賊相手に奮闘しているようです。
しかし、状況は決して良いとは言えない。
騎士は中々にいい実力を持っていると思います──が、賊の方が一枚上手。少数で防戦一方な騎士達に対して、賊は数の暴力で追い詰めています。
それに加えて、賊は襲う側の戦いに慣れている。
私の目から見ても彼らの動きには無駄がなく、鉄壁に思える騎士達の完璧な防御陣は、よく観察すればジリジリとその範囲が狭まっていることが分かります。
「いいわよぉ〜、その調子その調子。そのままじっとりねっとり追い詰めて、お姫様を攫っちゃいなさい」
えげつないほどの低音が聞こえました。
おそらく彼……いや、彼女……? うーん言動は女性なのですが、どう見ても男にしか見えません。ラエット王国の騎士団長に見劣りしない筋肉質の肉体と、地鳴りしたのかと疑うくらいの低い声。そこから女性のような口調が飛び出してくるのですから……なんだろう。ちょっと背筋がゾクッとします。賊だけに。
しかし、彼は何者なのでしょうか。
賊だということは知っています。おそらく彼らを束ねている存在だというのも、ある程度予想できます。
そこまで分かっているのに、性別が分からない。言うなれば男性の皮を被った女性? それとも女性を中身に詰め込んだ男性?
傭兵として沢山の世界を歩き回ってきましたが、このような人物は初めて見ました。まさかここで新たな発見ができるとは…………世界は、広いのですね。
『感心しているところ悪いが、助けないのか?』
と、ヴァールの言葉で我に返りました。
変な賊のせいで余計なことまで考えてしまう。……恐ろしい。この私を混乱させた相手は彼で三人目です。
「っ、貴様が賊の頭か!」
「そうよぉ。ワタシがこの子達の頭。……ああ、自己紹介はいらないわ。秘密が多いレディーって魅力的でしょう?」
あ、やば……鳥肌が……。
「名はいらない。貴様が頭だと分かった。ならば貴様の首を取ればいいだけだ!」
「ふんっ! やってみなさいお坊ちゃん!」
若き騎士と賊の頭が激突しました。
凄まじい剣撃。時には殴りや蹴り、フェイントも加えて、お互い譲ることなく斬り合っています。
「あの騎士、中々やりますね」
『それに対抗する賊の頭もいい腕をしている』
騎士の剣術は素晴らしいものです。あの若さで確かな実力を持っている。日々の努力を怠っていない証拠なのでしょう。
しかし、賊は違う。
彼らは努力なんてしない。努力することをやめたから職を失い、堕落し、悪行に手を染める賊に成り果てるのです。とは言え極稀に剣士だった頃の日課を忘れられず、ふとした時に素振りをしてしまう賊もいるようですが、それとは比べ物にならない『質』をあの男から感じます。
それに、驚くべきは頭だけではありません。
彼に従う下っ端の賊も、普通の賊とは比べ物にならないくらい質が良い。
動きこそ乱暴ですが、その中には僅かな規則性が垣間見えます。
それは騎士が振るう剣術に似ているような気も……。元はどこかの国の騎士だったのでしょうか。戦争に敗北したとか魔族の襲撃に遭って滅亡したとか、そういった理由で賊に成り果て、ここまで流れてきたのでしょうか?
まぁ、珍しい話ではありません。
敗走兵が揃って賊になることはたまに聞く話で、私も実際、そのような輩と剣を交えたことはあります。
「……ふむ。面白い」
騎士と騎士だった賊との戦い。
ここで木の上から観戦と洒落込みたいところですが、やはり体格差のせいか、若き騎士は徐々に押され気味になっていました。
このままでは騎士は負けてしまいます。そうすれば馬車の中にいる護衛対象も危ない。
──潮時か。
「これで、終わりよ──!」
「くっ、そ!」
賊による上段からの振り下ろし。
この戦いを終わらせるつもりで放たれた、止めの一撃。
「はいそこまで」
両者の間に割り込み、私はそれを受け止めました。
「「なっ!?」」
困惑の声は左右から。土壇場で邪魔されるとは夢にも思っていなかったのか、賊の顔はとっても面白く歪んでいました。
騎士の方は…………目を丸くして固まっていますね。
この場合、戦場で呆けるとは何事だーって注意したほうがいいのでしょうか?
「無事ですか? お二人の決闘を邪魔するのは忍びないのですが、助太刀いたします」
「な、なんなのよアンタ! ワタシの剣を止めるなんて──何者!?」
「私ですか? …………秘密、です」
人差し指を唇に押し当て、ニコリと微笑みました。
だって、秘密が多いレディーは魅力的なのでしょう?
「ふざけた女……! ムカつく!」
「そうですか。私も、あなたが苦手です」
木の上で観察していた時から甘い匂いが周囲に漂っていましたが、近くに寄ると更に酷い。甘ったるくて鼻がひん曲がりそうです。
あ、やば。そう思った矢先に鼻呼吸を────。
「おえっ……」
「むきぃぃぃ! 淑女に向かってその態度、本当に最っっっ低! あんたみたいなブサイク、さっさとぶっ殺してあげるわ!」
賊は一度距離を取り、再びこちらに突撃してきました。
良い判断だと思います。間近で愚直に剣を振るよりも少し身を引き、そこから勢いを乗せた一撃を叩き込む。力に重きを置いた戦法を熟知している者の動きだ。
しかし、
「軽いですね」
「なん、ですって……?」
人差し指と親指。この二本を用いた真剣白刃取りは見事に成功しました。
「信じられない」と言いたげな表情。実力はあっても所詮は賊。この程度のことで動きが止まるなんて、まだまだ未熟ですね。
「ほら、隙だらけですよ」
戦闘を長引かせる必要はありません。
相手から剣を奪い取り、バランスを崩して隙だらけになった腹に膝蹴りを叩き込むと、賊は「ヴッ!?」という野太い呻き声を出しながら後方に吹き飛び、大きな木に背中からぶつかりました。
彼は地面に横たわったまま、再び立ち上がる気配はありません。どうやら気絶したようです。
「さて、残りもさっさと捕縛して…………って、あれ?」
周囲を見回した時、残りの賊の姿はどこにもありませんでした。
どうやらすでに逃げた様子。逃げ足の速さは一級ですが、頭がやられた時はすぐ逃げるようにと事前に話し合っていたのでしょうか?
しかもアジトを悟られないようにと全員が四方八方に散らばっている。こうなってしまえば、散らばった全員を捕まえるのは骨が折れます。
…………やはり彼らの前職は騎士だったようです。
彼らの獲物を追い詰める連携も、上の者がやられた際の選択も、賊如きが出来る動きではない。
「ああ、惜しいですね……」
彼らは優秀な騎士だったのでしょう。
それは彼らが無意識で振るっていた剣や、判断の速さで分かりました。
だからこそ──惜しい。
彼らの力が腐らなければ。
彼らが賊なんかに落ちることなく、もっと他のことに役立てていられれば。
と、そう思ったところで、全ては手遅れなのです。
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