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3.旅立ちの時です


 私が騎士を辞めたという話は、陛下を通じて城内に滞在する全ての騎士に伝わりました。


「今までお疲れさまでした、シルヴィア様。貴女の行く末に祝福がありますように」

「ええ、ありがとうございます。後のことは任せましたよ」


 同僚や部下、顔を合わせた程度の人からも別れを惜しまれ、門番に見送られながら城門をくぐります。


「……っと」


 王城から城下街、城下街から城外へ。

 今後のことを考えながら巨大な橋を渡りきったところで、私は足を止めます。


「…………ん?」


 ふと、頭上に影が差しました。

 上空を眺め、私目掛けて落下してくる物体を受け止めると、それは可愛らしく「ピィ」と鳴きました。


「お迎えに来てくれたのですか? ヴァール」


 皇竜ヴァナルガント。

 黄金と白銀に輝く鱗。頭に乗せるとちょうどいい小竜ですが、本当の姿はとっても大きな細身の竜なんですよ。

 ちょっとした出会いから一緒に行動するようになった、私の相棒兼ペットです。


 今は姿を小さくしているとは言え、その姿はどこからどう見ても竜。

 一般人は『竜種』を見るだけで萎縮してしまうので、普段は城外で自由気ままに行動してもらっていたのですが、私が出てくるのを察してお出迎えに来てくれたのでしょう。


『久しぶりだな、ヴィアラ。今日も休日だったと記憶しているが、怠け者の其方が外に出るとは珍しいな』

「…………、……」

『む、どうした? 急に黙り込んで』

「…………あの、喋らないでくれます?」

『流石の我でも傷付くぞそれは』


 酷いことを言っているのは理解しています。

 しかし、この可愛らしい見た目から放たれる無駄にかっこいい声色は少し……いや、かなり似合っていません。


 今のヴァールは本来の姿ではないということは分かっています。

 ですが、そんなヴァールの仮初の姿で癒されている私としては、可愛らしいままの理想を壊さないでほしいなぁ……と、そう思ってしまうのは仕方ないことなのです。


『まぁいい。其方が何を思っているのか……想像は容易だ。それよりも、休日はいつも部屋に引きこもっている其方が外に出るなんて、一体どういう風の吹き回しだ?』

「ああ、騎士を辞めて旅に出ることにしました」

『……………………ぅん?』


 腕の中でこてん、と首を傾げる仕草が可愛いですね。


「私、恋がしたいんです。

 なので、騎士を辞めて恋人探しの旅に出ようかなと……」


 右に傾いていた首が、次は左へ。

 宝石のように輝く丸い瞳が、じっとこちらを見つめてきます。それは『詳しい説明を』と言っているように見えましたが──残念。もう言うことがなくなってしまいました。


『はぁぁぁ……』


 と思ったら、めちゃくちゃ大きな溜め息を吐かれてしまいました。

 ヴァールは前脚で頭を抑えます。頭痛を堪えているような動作です。具合でも悪いのでしょうか。最強と言われる竜種も頭痛に苦しむことがあるのですね。


『最近はおとなしいからと油断していたが、ヴィアラの考え無しは健在だったか……』

「喧嘩なら買いますよ?」

『やめておけ。ここで喧嘩すれば王国諸共ここら一帯が滅びるぞ。それに軽口はお互い様だ』

「……そうですね。仕方ありません。ここは我慢してあげます」

『おかしいな。先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはそちらなのだが』

「気のせいでは?」


 さも当然のように言ったら、すごく睨まれました。

 分かっています。これはいつもの軽口。別に本気でそう思っている訳ではありません。


『だが、本当にこれからどうする。行く当てはあるのか?』

「まずは隣国──リシェーラ公国に行こうかと」


 普通は馬車を捕まえるのですが、折角の旅なのです。

 最初くらいは自分の足で歩いてみたいので、道中で魔族を殺しながらお金を稼ぎつつ、ゆっくりとリシェーラ公国に向かいましょう。


 そうして私は歩き出しました。

 目的地は今より西。しばらくは広々とした平野を歩くことになります。


「空気が美味しいですねぇ……」


 ……のんびりと外を歩くのは、いつぶりでしょうか。

 ここ数年は王国と戦場とを行き来していました。全て馬車での移動です。一応、騎士になる前も旅はしていましたが、今のようにゆっくり歩きながら景色を楽しもうなんて一切思いませんでした。

 興味があるのは獲物だけ。

 それを狩り尽くしたら帰って寝る。それ以外は全部無駄だと……今思い返せば、当時の私は随分と荒んでいましたね。

 くそ生意気だった私を、周囲の反対を押し切ってでも拾ってくださった陛下には感謝してもしきれません。本人には絶対に言いませんけれど……。


『しかし恋人探しの旅、か……ヴィアラがそのような色恋沙汰に興味を持つとはな。其方と出会って長くなるが、今までで一番の衝撃だった』

「失礼な。私だって乙女なのです。一度くらいは恋愛をしたいと思うことだってありますよ」

『だが、お世辞にも釣り合う男がいるとは思えないな。大陸の全てを歩き回っても、恋人を見つけるのは難しいのではないか?』

「…………」


 あなたも、皆と同じようなことを言うのですね。


『勘違いするな。愚かな人間どもは其方を脳筋だ、女の姿をしたゴリラだと馬鹿にするが、我は其方以上に美しく、そして気高い麗人を知らぬ。我は「其方に相応しい人間はいない」と言いたかったのだ』


 唐突な褒め言葉に、私は思わず言葉を失いました。

 ヴァールの目は真剣そのものでした。まさか本気でそう言っているのでしょうか? ……いや、きっと本心から褒めているのでしょう。

 彼は冗談を言いますが、嘘だけは絶対に言いません。

 だからきっと、先程の言葉は、彼なりに考えた私の評価なのでしょう。


「あ、ありがとうございます……?」

『なぜ疑問形なのだ?』


 なぜでしょう。私にも分かりません。

 きっと、褒め言葉が不意打ちすぎて動揺しているのでしょう。心臓に悪いことこの上なし、です。


「驚きました。まさか、私のことをそのように思ってくれているとは……」

『正当な評価だ。そうでなければ皇竜である我が、其方と行動を共にする訳がない』


 しかも、これが当然だが何か? と言いたげな態度。

 ……まだ動揺しているのでしょうか。心臓は今も尚うるさく鳴り続けています。いい加減、耳障りになってきました。落ち着けと自分自身に言い聞かせますが、私の体は、私の思い通りに動いてくれません。


「本当に、どうしてしまったのでしょうか……」


 独り言のように呟いた言葉。

 私は考えました。永遠に続くような広大な道のりを歩きながら、この異常について考えました。


 しかし、そんな私の悩みは結局──分からないままなのでした。


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