16.楽しい楽しい戦いです
両者、剣を構えます。
ゲルド団長は上段の構え。その大きな体格から何となく予想はしていましたが、やはり力でゴリ押す戦い方のようです。
こういった戦い方は面倒臭い。
培ってきた技術も経験も全て、圧倒的な力の前では等しく無力。
その分一撃一撃が重く、振りが遅いため、そこを突けば対処は簡単なのですが……ゲルド団長はこの戦い方で確かな戦績を挙げています。私が挙げた弱点は当然、克服しているのでしょう。
つまり、力には力でねじ伏せるしか方法はない。
だから彼のような剣は嫌われます。
…………あ、もちろん。敵として戦った場合の話ですよ。
とにかく、ゲルド団長の型は理解しました。
対する私ですが────
「構えないのか?」
剣をだら〜とぶら下げ、ただただ立っている。
そんな私に疑問を抱いたのでしょう。相対するゲルド団長はもちろん、これを観戦するクリスティアも不安そうな顔でこちらを眺めています。
「私は構えを持たないので。どうぞお好きな時に来てください」
私は少し、嘘をつきました。
構えを持たないのではありません。
構えを持つほどの強敵ではないと判断したため、構えないだけです。
勘違いしないでほしいのですが、別に、本気を出していないわけではありませんよ?
構えれば──殺してしまう。
流石に手合いで団長を殺すのは問題になりますからね。
だから私は本気を出しつつ、手加減もするという器用なことをしているのです。
「そうか。では遠慮なく────ハァッ!」
地面が抉れるほどの力で一歩を踏み出したゲルド団長は、その一瞬で私との距離を詰めました。
両者の間は30歩くらい。近いとは言えない距離だったはずですが、騎士団長ともなればこの程度、たった一歩でどうにかしてしまうのですね。
──と、そう呑気に考えているうちに、上段より振り下ろされた一撃が、私の目と鼻の先まで迫っていました。
流石の私でも、これに当たると痛いです。
なので半身をずらして攻撃を避け、一旦距離を取ります。
「逃がさん!」
しかし、またすぐに距離を詰められてしまいました。
図体がデカくて上段のくせに、案外動きが素早いですねこの人。
その身の振る舞い方から彼も強者だと認識していましたが、これほどとは予想外。
…………なるほど。以前より、陛下が「あいつ、うちにも欲しい〜!」と言っていた理由が分かりました。
「素晴らしいですね」
そして同時に──惜しい。
彼のような強者が今後、年の衰えでその実力を失っていく。そのことが残念で仕方ありません。
「お褒めに預かりどうも! こっちとしては、早いところ貴殿の力も見せてほしいものだが、な!」
「それではすぐに終わってしまいますからね。私、楽しい戦いは長引かせたいのです」
強者との手打ちは、そう何度もできるものではありません。
だから、あえて長引かせる。
やっぱり楽しいことはすぐに終わっちゃうより、ずっと続けてたほうがいいですからね。
「そんじゃあ、無理やり本気を出させてやるよ!」
「…………あら?」
気のせいでしょうか。
心なしか、ゲルド団長の体格が増加したような……?
「ヴィアラ様お気をつけください!」
クリスティアからの激励が飛びます。
それと同時に騎士達の興奮が上がり、周囲からの歓声も最高潮に。
何ですか?
何なんですか???
「これが俺の本気だ! これでもまだ遊ぶ気になるかな!?」
どうやら、ゲルド団長の切り札が出てきたようですね。
実際に体が大きくなったのではなく、彼の筋肉が膨れ上がったから大きくなったように見えている。おそらく魔法で自身の体を強化したのでしょう。
先程より力も速さも別格になっていると予想します。
「まぁでも……問題ないかな」
ゲルド団長による本気の一撃が振り下ろされます。
それは大地を砕き、訓練場全体を大きく揺らし、砂煙を巻き上げました。
これには周囲もどよめきを隠せなかったのか、「これは流石にやり過ぎだろ」とか「死んでないよな?」とか「どうすんだよこれ」とか……。
こちらを心配してくれる声も聞こえました。
そうやって彼らが見つめる中、ようやく煙が晴れ、そこには──
「おい、嘘だろ……?」
ゲルド団長は自身の大剣──その上に片足で立つ私を見つめ、そう小さく呟きました。
「いやいや。嘘ではありませんよ」
彼の一撃はとても重く、そして上段の割には速い。
大地を砕くほどですから、当たれば脅威です。
しかし、逆を言ってしまえば、当たらなければどうってことはない。
だから避けました。
そして次の動きに転ずることができないよう、大剣の上に乗ってみました。
まぁ煙が晴れるまで次が来ることはなかったため、これは無駄な行動になってしまいましたが……。彼はおそらく、今の一撃で終わらせるつもりだったのでしょう。
相当、自信があったのでしょうね。
油断するのも無理はありません────が、それは相手が普通だった場合のみ。私には通用しません。
「しかし、今の一撃は中々のものでした。誇っていいですよ。この私を驚かせた人間は、貴方で二人目で──す?」
急な浮遊感。
なんと、私は今、空にいます。
いやぁ絶景絶景──って、そう呑気なことを言っている場合じゃありませんね。
首を下に向ければ、ゲルド団長が大剣を天高く持ち上げている姿が。
どうやら、大剣を振り上げることで私をぶん投げたようですね。しかも単純な腕力だけで。魔法で強化されているとは言え、人を空まで打ち上げるとか……かなりヤバいことをしている自覚はあるのでしょうか?
「うーむ」
私は今、重力に従って落ちている真っ最中です。
豆粒のように小さかった人々が、徐々にはっきりと見えてくる。
さて、どうしましょう。
このままいけば私は地面に激突します。
それだけならまだマシなのですが、私の落下地点にはなんと、ゲルド団長が待ち構えているではありませんか。
大剣を横に構えて、ジッとこちらを睨みつけている様子から察するに、落下してきた私に狙いを定め、今度こそ終わらせるつもりのようです。
此度の手合いは、私の実力を認めさせ──信頼を得ること。
本気を出したゲルド団長とここまでやり合ったのですから、もうその実力は十分に認めてもらえるでしょう。
しかし、だからって負けを譲ろうとは思いません。
負けたくないとか、戦姫のプライドとか、そんなものは関係ありません。
それは単純な理由。
ここまで手の内を見せてくれた彼と本気で打ち合いたいという、一人の戦士としての、根っからの──欲求。
「ああ、だって……仕方ないじゃないですか」
久しぶりに疼いてしまった。
久しぶりに本気を出したいと思ってしまった。
でも、それでは彼を殺してしまう。
だからそう、一瞬だけ。
彼とすれ違ったその一瞬だけ、どうか────
「死なないでくださいね?」
空中で身をひねり、自ら懐へ飛び込む姿勢に。
空気抵抗を最小にさせたことで更に落下速度が増し、数秒もしないうちに私とゲルド団長は再会を果たしました。
「覚悟ぉ──!」
「あはっ♪」
下から上に。上から下に。
二つの影が重なる刹那──耳をつんざく警報が訓練場全体に鳴り響きました。
コロナワクチンの副反応でダウンしていました、白波です。
まさか5日も引きずるとは思いませんでした……皆さまもお気をつけて。




