13.初めまして
騎士団本部はお城の中にあります。
王族を護るために騎士団があるのですから、そりゃあ当然のこと。何かあった際はすぐに駆けつけられるようにと騎士はお城に滞在しており、日々の訓練も隣接している庭で行なっているようです。
「……………………」
「……………………」
豪華な装飾品が施された廊下を、私達は歩きます。
特に会話はありません。私は自分から話を振ることも話を広げることも苦手なので。どうやら騎士さんも同じようです。
というか本当に無言ですね。
馬車で移動している時も、こうして騎士団本部まで案内されている時も、お互いに口を閉じたまま──って、自己紹介すらしていないのは少し問題では?
彼が第二団長ということは教えていただいたのですが、名前はまだ知りません。
これは一応、聞いておいたほうがいいのでしょうか?
「あなたのお名前は?」
「……急だな」
「すいません。口下手なもので」
でも、いつまでも「騎士」呼びのままではあれかなぁと思ったので、この際だから聞いちゃおうかなと。
「カイルだ。カイル・バートソン。よろしく頼む」
「さすらいの傭兵をしています、ヴィアラです。以後お見知りおきを」
さて、これでお互いの自己紹介が終わりました。
再びの無言です。会話上手な人ならここで会話を広げるのですが、口下手な私がそれをできる訳がなく、結局、そこから一切口を開かないまま騎士団本部まで到着してしまいました。
「失礼しまーす」
促されるままに室内へ入ると、そこには素敵なちょび髭を生やした中年男性がいました。この人は見覚えがあります。……たしか、第一騎士団の団長さんでしたか?
「ゲルド。お連れしたぞ」
猛獣のような鋭い眼光がギロリとこちらに向きます。
と思ったら彼は和かな笑みを浮かべ、椅子から立ち上がって近づいてきました。
「おおっ、よく来てくれた。お初にお目にかかる。第一騎士団の団長を務めているゲルドだ」
「さすらいの傭兵。ヴィアラです」
手を差し伸べられ、それに応えます。
見た目通りのゴツゴツした感触。彼とは一度だけ握手を交わしたことがありますが、その時よりもタコが増えていました。その歳になっても鍛錬を欠かさないところには素直に敬意を表したいですね。
「……………………」
「私の顔になにか?」
「……貴殿とは一度、どこかで出会っただろうか?」
あらやだ。真っ昼間からナンパでしょうか。
「あ、いや失礼。貴殿の手は握ったことがあるような気がしてな……すまん。気にしないでくれ」
「ふふっ。急に口説かれたのかと思いました」
「……冗談はよしてくれ」
ゲルド団長は若干顔を赤くして、私から目を逸らしました。
あらあら。照れちゃいましたか?
「からかっただけですよ。私達は初対面です」
「……そうだな。貴殿のような美人は、一度見たら絶対に忘れられないだろうからな」
あら、お上手ですね。
「改めてよく来てくれたな。貴殿がゴブリンの件を報告してくれたおかげで、我々はあれ以上の被害を出さずに済んだ。騎士団を代表して感謝を……」
ゲルド団長、そして共に入室したカイル団長は深々と頭を下げました。
大きな事件を解決したとは言え、初対面の相手にここまで真摯的な態度で接してくれる方は多くありません。
報告した後の対応の早さといい、彼らはしっかりと騎士に相応しい務めを果たしているようですね。
しかし、それが分かったところで少し疑問が残ります。
──なぜ彼らは気付かなかったのか。
あれほどの女性がゴブリンの苗床になっていたのです。
行方不明者の報告は上がっていただろうし、彼らの誠実さであれば原因の調査もしたはず。なのに事件は解決しないまま、ゴブリン達は洞窟を寝ぐらにしながら好き勝手をしていた。
リシェーラ公国には何度かお邪魔したことがあります。何度か交流していた私は、彼らが誠実なだけの無能ではないと知っているし、対応の早さも今回で十分に分かりました。
だからこそ不思議なのです。
そのことについて質問すれば、ゲルド団長はバツが悪そうな顔になりました。
「行方不明者が出ているとの報告は何度か届いていた。その度に我々も公国周辺に調査隊を派遣していたのだが、ご覧の通り、原因は分からないままでな」
「しっかりと森も捜索したんだ。……だが、見つけることはできなかった」
そこで私は思い出しました。
この国で言われている言葉──共通認識を。
「『森の入り口付近に魔物はいない』。この共通認識があるから捜索の目が甘くなったと?」
二人は無言で頷きました。……なるほど。
「今までは本当に魔族の姿一つも見られなかったんだ。だから油断していた。今回の件も被害者が誤って森の奥深くに足を踏み入れてしまったか、賊に攫われたかの二択だろうと仮定して調査を行なっていた。…………と、今更後悔したところで遅いだろうな」
「ええ、そうですね。すでに被害者は出てしまいました。どんな言い訳を並べたところで、騎士団がおかしたミスが消えることはありません」
「…………手厳しいな。ヴィアラ殿は」
そうでしょうか?
でも私は、間違ったことは言っていません。
今回のことは「共通認識があったから」と許される事例ではない。むしろ、そのような認識如きで調査を怠った騎士団は、被害者の方々に対して一生償うべき罪ができました。
「だがその通りだな。我々騎士団は今後このようなことが起こらないよう、今までの認識に捉われることなく警戒し続けていくつもりだ。そうでなければ被害者に顔向けなどできない」
「……そうしてくれることを祈りますよ」
ゲルド団長の言葉はまだ信憑性のない、ただの目標です。
しかし、彼の眼差しには確かな決意が宿っていました。ならば私はそれを信じて彼らを応援する。魔族による犠牲者が減ることを願う気持ちは私も同じですからね。
とまぁ、それはそれです。
これ以上は私が口出しすることではありません。
この件は騎士団に任せて、私はこの場を離れるとしましょう。
「私はさすらいの傭兵なので何度もお力を貸すことはできませんが、あなた方の働きが報われることを祈っていますよ」
「ありがとうな。色々言ってもらえてやる気が出た。……ああ、そうだ。報酬金はそこにあるから持っていってくれ。貴殿のご助力に感謝する」
卓上にあった報酬金の入った麻布を受け取り、私は退室します。
これで用件は終わりました。あとは適当に道草を食いながら帰って休むだけなのですが────
「ヴィアラ様!」
私を呼び止める声が後方より聞こえました。
その声はリシェーラ公国の第一王女、クリスティア王女殿下のもので間違いありません。
ゆっくりと振り返ります。
廊下の奥から、クリスティアが小走りに近づいてくる姿が見えました。
…………どうやら、まだ帰ることはできないようですね。




