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11.疑われました


 リシェーラ公国の検問までアンナを抱えて運んだ私は、門番から「待った」の声をもらいました。

 気を失った子供を堂々と運んでいるのですから、そりゃあ怪しまれるのは当然です。私も門番なら絶対に引き止めますもん。


「最近、近くの森で賊が出たという報せがあってな。……その子はどうした?」

「近くの森でゴブリンに攫われたところを救出しました。どうか、今すぐに騎士団か冒険者組合へ報告を。ゴブリンは入り口付近にある洞窟を寝ぐらにしており、そこには数十人の女性が捕らわれています」


 証拠として回収したゴブリンの素材をその場に出します。

 その中にはホブゴブリンや変異種のものも混ざっている。それを見た門番はすぐに血相を変え──って、あれ? なぜか私への警戒心が上がったような気がしますね。


「森にゴブリンが? しかも入り口付近だって?」

「ゴブリンが発見された報告は入っていないぞ。……本当なのか?」

「奴らの素材は安く買える。それを事前に買っておいて、適当な理由付けをしている可能性もある」


 門番達の会話を聞いて、急に警戒された理由が分かりました。

 どうやら私は、人身売買をしにきた賊だと思われているみたいです。


「おい。身分証は持っているか?」

「……すいません。持っていません。私、さすらいの傭兵なので」


 返上しようと思ったら「役に立つから持ってろ」と強引に押し付けられた、特例騎士の紋章なら持っていますが、それを見せたら私が戦姫だとバレてしまいます。


「そうか。身分証明ができないならばお前の話を信じられないし、怪しい者をこの先に入れることもできない。その子はきちんと元の居場所に送り届けるから、こちらに渡してくれ」

「え、それは困ります。私はアンナちゃんを無事に連れ帰ると約束しました。そうじゃなければ依頼が達成できません」

「だからって『はいそうですか』と通すわけにはいかないんだ。残念だったな」


 やばいです。

 私の宿代だけではなく、今日の宿確保の危機です。

 このままでは野宿になってしまう。それは避けたい。うっかり野宿用のテントを買い忘れてしまったので、夜に焚き火すると虫が集ってきてしまいます。──虫は不快です。見るのも嫌です。なので野宿だけは嫌なのです。


「ちょ、あの……どうにかなりませんか?」

「身分証明ができないのであれば、ここを通すことができない。……というか今の時代、身分証を持ってないっておかしいぞ。普通は冒険者組合で身分証を発行するだろ。旅をしているなら尚更だ」

「なんと、そうだったのですか……」


 だからお城を出る時、陛下は「早いうちに冒険者組合に行っておけ」と言っていたのですね。

 それは身分証を発行して、このようないざこざを回避するためだったとは……全然知りませんでした。ならば直接そう言ってくれればいいものを、賢王のくせに言葉が足りないんですよ。


『どうするのだ? このままでは手詰まりだぞ』

(うぅ、ヴァール……なにか策を)

『ある訳がないだろう。我もこれは想定外だ』

(……使えないやつですね)

『其方に言われたくない』


 どうしましょう。

 これでは本当に、野宿になってしまいます。



「その人の言っていることは本当だよ」



 そこで私に救いの手が。

 検問室に入ってきたのは宿の女将。アンナの母親でした。


「彼女には私からお願いしたんだ。娘が帰ってこないから連れ帰ってくれ、ってね……」


 女将は抱きかかえられた実の娘を見て安心したのでしょう。その目に涙を滲ませながら、私への嫌疑を晴らそうと門番に掛け合ってくれました。


「その人は約束を守ってくれた。私らの恩人を疑うってんなら容赦しないよ」

「お、女将……話は本当だったのか」


 そこで初めて、門番が動揺しました。

 女将は顔が広い方なのでしょう。地位的には門番が上のはずなのに、なぜか門番のほうが気圧されているように見えます。


「女将。彼らを責めるのはそこまでにしてあげてください。まずはアンナちゃんを休ませてあげるほうが先です。……ほら」

「ああ、アンナ……無事で本当に、良かった……」


 娘に触れたことで、もう我慢が効かなくなったのでしょう。

 女将はボロボロと大粒の涙を流し、何度も「無事で良かった」と口にしました。その様子に少し胸がチクッとしたのは……内緒です。


「女将のおかげで疑いも晴れたので、女将は先に宿へ。あとのことは私にお任せを」

「ありがとう。本当にありがとう……すぐに戻ってくるんだよ。沢山のご馳走を用意しておくからさ!」

「ええ、楽しみにしていますよ」


 そうして女将はアンナを大切そうに抱え、出て行きました。


「と、いうわけで……そろそろ私の言葉を信じてくれるでしょうか」

「ああ。疑ってすまなかった」

「構いませんよ。門番は人を疑う仕事。正しい判断だと思います」

「……そう言ってくれると助かる」


 門番はバツが悪そうな顔をしつつ、小さく笑いました。


「……さて。時間を取らせて申し訳ない。騎士団に報告したいから、もう一度詳しく話してもらえるか?」

「はい。事の発端は、薬草を摘みに行ったアンナちゃんが行方不明になったところからです。様子を見に行ったところ女将に伝えられた場所に彼女の姿はなく、周辺をくまなく調べたら、草木で巧妙に隠された洞窟を発見しました。その中には、この素材を見ての通り……沢山のゴブリンとその変異種、ホブゴブリンがいました」


 ですが、ご安心を。

 しっかりと全滅させたことも伝えました。


「この数を一人で……相当な腕の持ち主なんだな」

「それほどでもあります」


 褒め言葉は素直に受け取っておきましょう。

 さっきまでの対応とは似ても似つかない手の平返しですが、これには目を瞑ってあげます。


「それで、洞窟の奥には数十人の女性がいました。すでに事切れている者もいますが、まだ辛うじて生きている人もいます。…………本当は全員連れ帰りたかったのですが、私の手だけではどうしようもなく……ひとまず魔族を拒む結界を張ってアンナちゃんだけを連れ帰った、というわけです」

「そうだったのか。まさか本当に、森の入り口付近にゴブリンが出るなんて……」


 ──森の入り口付近に魔物はいない。

 そのような共通認識があるせいで、私の言葉も簡単に信じてくれなかった。


 …………そのせいで多くの女性が犠牲になりました。


 ゴブリンは低脳で馬鹿で、単体だけでは一般人にすら負ける雑魚ですが、その狡猾さだけは油断なりません。

 だからゴブリンは一人でやってきた女性を、共通認識のせいで油断している女性を狙った。奴ら如きに犠牲を出してしまったのは、人間側の共通認識と油断が原因です。


 今回の件でそれを見直してくれると助かります。


「エレンツ、この封書を騎士団に……頼めるか?」

「任せてくれ。すぐに戻ってくる」


 と、門番の一人が報告書の入った封書を持って出て行きました。


「報告感謝する。それに、疑って悪かった……」

「はい。感謝と謝罪は受け取りました」


 改めて謝罪してもらえたので、許します。

 いつまでもこの件を根に持つほど、私の器は小さくありませんので……。


『最初からどうでもいいだけだろう。ヴィアラは』

(あはは……そうとも言います)


 とにかく、これで騎士団は動いてくれるはずです。

 洞窟に置いてきた女性達も、これで命だけは助かるでしょう。


「更に手間を取らせるようで申し訳ないが、準備が整い次第、洞窟の調査と残された女達の救出に向かいたい。その時に案内をお願いできないだろうか」

「いいですよ。元より、そのつもりでした」

「助かるよ。宿泊場所は狐の果実亭でいいよな?」

「ええ。数日はそこに宿泊するつもりなので、何かあった際はそちらに来ていただけると助かります」


 事が事です。騎士団も明日には動いてくれるはずだと門番は言い、連絡が行くまでゆっくり休んでくれと、私はようやく検問室から解放されました。


 すでに日は完全に落ちて、お空は真っ暗。

 出歩いている人は外食目的とすでに出来上がった酔っ払いばかりで、大通りは昼間とまた違った賑わい方をしています。


「……はぁ、疲れたぁ…………」


 思った以上に時間が掛かってしまいました。

 さっさと宿に戻って、女将が用意してくれているであろうご馳走をいただきましょう。


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