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だから、俺は決心と決断をした。



 翌朝──。


 俺は遙さんの胸の中で目を覚ました。

 いつの間にか寝てしまったようだ。

 昨日のことが悪夢だったなどと都合の良いことがあるはずもなく、その記憶は鮮明に残っていた。

 遥さんがいなくなると考えただけで、こうも簡単に世界が暗く閉ざされるとは。


 遙さんの寝息が心を落ち着かせる。


 俺は遙さんを思いっきり抱きしめ、遙さんの存在を確かめた。


 温かい──。

 どこにも行って欲しくない。


 俺は遥さんの胸元に顔を埋めると、肺いっぱいに遥さんの香りを吸い込んだ。

 

「んん……? ぁ、春ぅ……くすぐったい」


 遥さんは確かにここにいる。

 だけど、母さんと同じように、いつかいなくなってしまう。

 なにか方法はないのだろうか。

 遥さんを失わずに済む方法は……。


「おはよ」

「おはよう」


 ぎこちない挨拶。


「お腹空いてる?」

「今は食べたくない」


 まだこうしていたい。遥さんにそう返すと、遥さんは優しく微笑んで、俺の頭をぎゅっと抱き込んだ。




 ◆




「……遥さん。治療法はないの……?」


 一晩が経ち、少しは冷静に会話ができるようになった。

 遥さんが笑っている限り、遙さんの前で俺が先に涙を見せるわけにはいかない。

 そう思えるくらいには遥さんファーストで考えられるようになった。

 一番大切な人だから。


 遙さんと二人、朝もやが晴れつつある海を眺めながら、ガゼボの温泉で体を温める。


 湯が心に沁みたのは初めてのことだった。

 今日ばかりはこの熱い湯がありがたい。


「春、そっちいっていい?」


 遥さんは俺の両足の間に体を滑り込ませると、俺の胸をクッション代わりに背を預けた。

 もう距離の近さなど気にもならなかった。

 俺は頬に触れる遥さんの髪の一本一本を愛おしむように撫でつける。


「治療法……ね」

「たとえば、大きな病院に行くとか、有名なお医者さんに診てもらうとか」


 遥さんは水平線上に少し姿を現した太陽に手を翳すと「日の出なんて久しぶり」ひとつ伸びをした。


 あっちが東だったね。遥さんはそう言ってまた俺に寄りかかると、鎖骨の少し下あたりに頭を沈めた。


「先生には言われたわ。姉さんが掛かっていた大学病院に移りなさいって」

「それって、東京の……?」

「そう」

「そこに行けば治るの?」


 にわかに浮かび上がった一縷の望みは


「いいえ」


 はっきりと否定され、儚く消えていく。


「ならどうして母さんがいた病院に行けなんて……」

「この病気に詳しい先生がいらっしゃるし、姉さんのカルテもあるから進行を遅らせることはできるかもしれないからって」

「え!? なら行こうよ! 東京の病院に行って診てもらおうよ! 母さんのときよりも医学は進歩しているはずだし、もしかしたら治るかもしれない!」


 そうだよ! 遥さんがそんな簡単に死ぬわけがない!

 やっぱり神様はちゃんと道を残してくれてるんじゃないか!


 しかし──。


「姉さんのときのような悲しみをもう春には与えたくないの」


 遥さんは悲しげに首を振る。


「日に日に弱っていく私を見て、それでも春は動揺せずにいられる?」

「俺はもう大人だし、遥さんのためなら──」

「私だって情けない姿を春に見られたくないの。春が悲しむ顔だってもう見たくない。だから春は東京に戻って普通の暮らしを送って。私は最後までここにいるから」


 神様の創った道は細く脆い。

 一度でも引き返せば、一つでも選択肢を間違えれば、その道は閉ざされる。

 遥さんには東京の病院に行ってもらわなければならない。

 ここで過ごすより一日でも長く生きられるのなら。


「普通の暮らしってなに? 遥さんと離れて生活することが普通? 遥さん、俺の成長を見届けてくれるんじゃないの?」

「春……ごめんなさい。もう決めたことなの……」

「やっぱり途中で投げ出すの? ──ねえ、遥さん」


 俺は遥さんの両肩を掴むと、体ごとこちらに向かせた。


「俺、どんな遥さんの姿を見ても絶対に悲しまないから! ずっと笑顔でいるから! 約束するから! 治療費がかかるなら俺も働くから!」


 目を逸らさすまいと、遥さんの瞳を真っ直ぐに捉え──


「だからお願い。東京の病院に行こう。どうか、どうかお願いします」


 必死に懇願した。


「春、私はひとりで──」

「俺は今まで守られっぱなしだった。今度は俺に遥さんを護らせてくれっ! 頼むっ!!」


 俺は折れてしまいそうなほどに細い遥さんの躰を抱きしめた。

 抱きしめながら何度もお願いした。

 護らせてほしい、傍にいさせてほしい、と。

 遥さんが受け入れてくれるまで、何度も、何度も。








 そして遥さんは諦めたように、強張らせていた体の力を抜いた。


「その性格、本当に姉さんそっくり」


「母さんの子だからね」


「もう。頑張ってようやく決心したのに」


「一人になんてさせないよ」


「……わかったわ。一緒に行きましょう、東京に」


 遙さんは困ったように微笑むと、のぼせる寸前の、汗で張り付いた俺の前髪を手櫛で整えてくれたのだった。




「護ってね。春」





 第二章   決心と決断     完




ここまでお読みいただきありがとうございました。

これにて第二章の完結となります。

次章からは東京が舞台となります。

東京に戻った春臣が、冷酷な春臣しか知らない人物たちとどう交わっていくのか。

ようやくあのヒロインも登場します。

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