61 廻る……
注:R15 残酷な描写あり。そのため深夜更新。
苦手な方、耐性の無い方はUターンを推奨します。
エイミーはジャニスの言葉に驚いたふりをしただけだった。やはりケイトと同じような性格をしている。
ただ少し頭は弱いようだ。ありきたりな思い付き、行き当たりばったりで新しさも面白みもない。そのうえ、クレアが助かったことからすると、計画性もなく突発的なただの暴力。浅はかだ。だからクレアは生き延びた。
しかし、続くジャニスの言葉にエイミーは今度こそ驚愕した。
「だから、あんたもあまり舐めたまねしないでよね」
「はあ?」
上機嫌のジャニスがいきなり凄む。思いがけない一言にエイミーの地が一瞬出てしまい慌てていつもの笑顔に切り替える。
「どうかしたの? ジャニス」
と言ってエイミーは不思議そうに首を傾げる。
「お前は何が目的なの? 金か?」
今まで笑みを浮かべていたテレジアが、目を吊り上げいきなり乱暴な口を利く。賤民丸出しだ。
「魔道学院に通っているなんて嘘! 放校になっているでしょ。それに父親は恥知らずの犯罪者じゃない。もうすぐ捕まるって噂を聞いたわ。いったい、何の目的で家に近づいてきたのさ!」
親子に馬鹿にされ、糾弾され、エイミーの握りしめられた手がぶるぶると震える。
「ひどい。あんまりですわ」
震える声で言葉を振り絞る。
「お父様なら、執務室よ。ここにはいないわ。金にならない落ちぶれた貴族の娘の相手なんかするわけないじゃない」
「いやね。ジャニス、もうすぐ庶民の間違いでしょ。それとも、もう庶民かしら?」
エイミーはぶるぶると震え顔をふせ、言葉もなくサロンから出ていった。その背を見送り、ジャニスは哄笑した。母娘揃って、エイミーがハンカチを握りしめ出ていった扉の方へ、嗜虐的な笑みを向ける。
「久しぶりにすっきりした」
ジャニスが晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。
「ジャニス、もっと益になる者と付き合いなさい。貴族のお友達ができたというから、調べさせたらとんだ食わせものね。以前、お父様がクレアの情報を買った下級貴族だっていうじゃない。その上、あの娘の家は、もうすぐ没落して国外追放になるらしいじゃない」
テレジアが不快そうに眉間にしわを寄せた。
「アハハハ、そうは言っても、お母様も楽しんでいらしたからいいじゃない。暇つぶしになったでしょ? お父様を紹介しろだなんて、金目当てかしら。
それにクレアの情報を買ったってどういうこと? クレアってお父様の子ではないの? もちろん、あんなのと姉妹でないのなら嬉しいけれど」
「さあ、どうかしら。エリザっていうふしだらメイドが妊娠していたってのいうのは本当よ。でもね。誰の子か分かったものではないわ。まあ、確かに両親どちらも魔力持ちではないのにその子が魔力持ちって不思議よね? 今となってはどうでもいいけれど」
テレジアが冷めた口調で答える。要は遺産相続人は少ない方がいいという事なのだ。クレアがどこかの貴族に養女になったおかげで、財産の相続権はなくなった。櫛一本この家からは持ちだせない。それが、レイノール家の籍を抜ける条件だったのだ。
ただ、あのクレアが伯爵夫人になるのは気に入らない。ジャニスにもそれ相応の身分の殿方を見つけてもらわなくては気が済まない。
「まったくクレアと付き合いがあると言っていたくせに、あいつがもうレイノールではないことも知らないだなんておかしいと思ったのよ」
恩義あるレイノールの名を捨てて他家に養女に入るなどジャニスにとっては業腹だった。それが貴族の家ならばなおさらだ。
「そうね。家は、とっくに恩知らずのアシュフォードとも縁が切れているのに、あの娘何も知らなかった。利用しがいのない、屑ね」
テレジアの蔑むような口調。
「ねえ、お父様は当然アシュフォードに報復するのよね。クレアが伯爵夫人? 冗談ではないわ! それがダメなら、クレアを引きずり降ろして私が伯爵夫人になる」
ジャニスはとにかくクレアよりずっと上にいたい。ただそれだけだった。
その時、エイミーの座っていた椅子に、きらりと光るものが置き忘れられているのに気付いた。
「あら、何かしら。忘れ物?」
ジャニスはそれを手に取る。とても美しい紅玉。それを母親がひったくるように娘の手から取り上げた。
「よこしなさい。値打ちものかもしれないわ」
テレジアの目がギラギラと光る。それを不満そうに唇を尖らせジャニスが睨む。
「お母さま、独り占めなんてずるいわ。私が先に見つけたのよ。それにエイミーは私のお友達なのだから、私の物だわ!」
顔を真っ赤にして抗議し、母親に掴みかかろうとする。
「何を言っているの! これはお父様に見せるから、私が預かります」
テレジアが金切り声でそう叫んだ瞬間、紅玉の魔石がまばゆい光を放った。
エイミーはサロンから少し距離を置いた廊下の隅に身をよせ蹲っていた。ハンカチで口元を覆い、きたる衝撃にそなえて。
次の瞬間サロンから爆発音が鳴り響きドアが吹き飛んだ。
もうもうと煙が舞う。思った以上の凄まじい威力にエイミーはしばし唖然とする。爆風に結い上げた髪がとかれた。距離を置いていて良かった。危うく巻き込まれるところだ。
(思った以上の出来、とんだ威力だ。高価な魔石を頼ったとはいえ、私の調合の腕も捨てたものではない)
その瞬間、腹の底から、どう猛な笑いの発作がこみあげてきた。
「ふふふ、あははは」
もうすぐ、クレアから金持ちの実家が無くなる。例えセスに愛されたとしても、金の無い商家の娘と結婚など家が許さない。いくら魔力が高くてもだ。あの二人ももう終わり。ざまあみろ。
エイミーは、クレアがもうレイノール家の人間ではなく、アシュフォードがもう金を必要としていないことを、いまだ知らずにいた。クレアがカシム家の養女になったのは、エイミーが退学になった後だ。ジェレミア卿は諸々の不正がばれそうになり、情報収集どころではなくなっていた。
屋敷のあちこちから火の手があがる。アンナが首尾よく、さきほど渡した魔石をセットしたようだ。もちろんアンナは礼金でつった。もともと前の主人を裏切っているのだ。そのことをばらすと脅せば、いう事をきかすなど、造作もない。
主人を守るよう教育されていない使用人達が我先に避難していく姿が滑稽だ。彼女はその中を上機嫌で玄関へ向かう。玄関ホールへ降りる中央階段に差し掛かった。
「よくも……やってくれたわね」
その時唸るような声が後ろから聞こえてきた。振り返ると髪とドレスを焦がした化け物がいる。一瞬誰か分からなかった。
「……ジャニス?」
そう呟いて目を眇める。あの爆発で生きていたようだ。
「あら、驚いた。しぶといのね」
さすがは庶民、頑丈だと感心しているとジャニスはエイミーにふらふらと近づき、つかみかかる。
「くそっ! お前もクレアと同じようにここから落ちて……」
呪詛を吐くジャニスをエイミーは容赦なく階段から突き落とした。手すりにゴトンゴトンとぶつかりながら、踊り場で止まりもせずに、ゴロゴロと落ちてゆく。玄関ホールに転がるジャニスをみとどけ、あとからゆっくりと優雅に階段を下りる。
順調に屋敷は燃え落ちそうだが、思ったより火の回りが早い。だんだんきな臭くなってきた。もう少し楽しみたいが、あまり悠長にしている暇はなさそう。
エイミーは玄関に向かうついでに、階段下に転がるジャニスに声をかける。
「ふふふ、あはは、クレアと同じ目に合う気分はどう? 最高に愚かだわ」
先ほどの仕返しとばかりに、上機嫌で嘲笑とともに捨て台詞を吐き、横を通り過ぎる。
しかし、バランスを崩し転んだ。驚いたことに、息も絶え絶えのジャニスがエイミーの足首を掴んでいる。強い力だ。ジャニスをいくら蹴っても握られた手は離れない。
そうこうするうちに火の手が迫ってくる。さすがのエイミーも焦りを感じた。その時主人を差し置いて屋敷から逃げ出そうとするアンナを見つけた。魔石をばら撒いておいて図々しい。そう先ほどアンナに渡した巾着には魔石が入っていたのだ。
彼女は使用人の分際で堂々と正面玄関から出ようとしている。
「ちょっと、アンナ、私を助けなさい! ここが気に入らないって言っていたじゃない。また、新しい勤め先をあんたに紹介してやる約束でしょ」
その言葉にアンナが振り向く、その手にはここの女主人の高価な宝石が握られていた。アンナは、一瞬苦しそうに顔をゆがめたあと、首を横に振るとエイミーを見捨て逃げ出した。そしてそのまま固く正面玄関のドアを閉ざした。
「はあ?」
腹の底から怒りが湧いてきた。エイミーは何とかジャニスの拘束を解くと、立ち上がる。
「あいつ、この私を見捨てるとはどうしてくれよう! 放火の罪を着せてやる。まあ、元からそのつもりだったけれどね。私は魔石をついうっかり忘れて来ただけ」
エイミーは舌打ちすると、ドアに向かって突進した。しかし、なぜか息が苦しい。思うように体が動かない。そして背中が熱い、熱すぎる。
「ひっ!」
いつの間にかドレスに火が燃え移り、髪まで這い上っていた。ゴウッと逆巻く炎にシャンデリアが揺れ、ガラガラと音を立てて落ちてくる。
「ちくしょう――っ!」
彼女の断末魔は業火に掻き消された。




