60 worse
「ねえ、エイミー、今度家にいらっしゃいよ。お母様に紹介したいわ。私、貴族のお友達って初めてなのよ。それにクレアの話も聞きたいし」
ジャニスはクレアが今どうしているのか知らない。エイミーは自分を呼び捨てにする格下の彼女に内心腹を立てていたが、表に出さないように注意した。
「あら、クレアは休みに戻ってこないの?」
エイミーは知っていてわざと問う。クレアは休みの日はもっぱら勉強しているか、婚約者と学園の広い敷地内でデートしている。そして長期に休みにはアシュフォード領へ行く。実家などまるで存在しないかのように。
「ええ、ちっともよりつかない。だいたいあの子は恩知らずなのよ。貧民街の孤児だからしょうがないけれど。学園ではなにかしでかしているのではと心配よ」
「まあ、そんな事言うものではないわ。確かに少し手のかかる子だけれど。ねえ、そんなことより、私あなたのお父様にもぜひお会いしたいわ。とてもすごい方なのでしょう」
その言葉に得意げに小鼻を膨らませるジャニスを見てエイミーが微笑む。彼女は性格は悪いが単純だ。煽てに弱く扱いやすい。
ジャニスと知り合うのは意外に簡単だった。贅沢品に身を包み派手に買い物をする黒髪の少女を見つければいい。
ジャニスを見かけた次の日、早速彼女とおそろいのアクセサリーを一つ身に着け近づいた。
ジャニスの話から、クレアの生育環境は掴んだ。血のつながりがあるのは父とこの異母姉だけ。家族の誰からも愛されずに育った。しかも父親がメイドに産ませた子だという。
だから、実家の話をしなかったのだ。出会った頃のクレアは、安っぽく趣味の悪い私服を着ていた。金持ちなのにどうしてか不思議だったが、おそらく実家から持たされたのだろう。
その後、セスといるようになって随分しゃれたものを身に着けるようになったのが気に入らない。
例え、実家でどのような目に遭っていたとしても別に同情もない。本来道端で野垂れ死ぬか売られていたはずだった卑しい娘だ。それに比べたら、今のクレアは恵まれすぎている。
ジャニスはどことなくケイトを彷彿とさせた。清々しいくらいに自己中心的なのだ。だが、ケイトより数段頭が悪く下品で退屈。
延々と父親が自分の為に貴族の婿を探してくれていると自慢話が続く。庶民出で、その上魔力もないくせに正妻など無理だ。なれて、せいぜい妾。諦めて庶民と一緒になればいいのにと呆れながらジャニスの話に相槌をうつ。これならば苛めがいのあるクレアの方が数段面白い。本当に退屈な娘。
でも仕方がない。今はこれしか手駒がないのだから。最大限に利用させてもらおう。
♢
エイミーはそおっと裏口から抜け出した。レイノール家まではジェレミア家から歩いて30分ほど。家の馬車は使えないし、正面の門からも出られない。父には秘密の外出だ。
現在ジェレミア男爵家には役人の調査が入っていて、屋敷も監視されている。だんだんと締め付けが厳しくなってきた。最近ではジャニスと会うのも骨だ。そのため派手なことはできないし、馬車を出すなどもってのほか。嫌がる使用人を脅し屋敷を抜け出した。
雑多な街をいらいらとしながら歩く。下級貴族の街と言ってもレイノール家があるのは庶民街の目と鼻の先だ。街の雰囲気もだんだん悪くなってくる。その上、貴族の娘であるエイミーは歩きなれてはいない。あと少しでレイノール家というところにきて、無礼な男にぶつかられた。
エイミーはたたらを踏む。危うく転ぶところだった。睨みつけようと振り返った瞬間。腰につけた巾着からころころと魔石が転がり落ちた。家から四つくすねてきたものだ。これ以外魔石のストックはない。とても高価なものなので、焦って拾い集めようとする。
「お嬢さん。落ちましたよ」
言葉と同時に、大きな男性の手に乗せられた魔石四つが差し出される。驚いて見上げると、端整な面立ちの青年が微笑んでいた。濃茶の髪に穏やかな緑の瞳。優美な所作。一瞬、エイミーは見惚れた。
しかし、ざっと全身を見ると彼の身に着けているものすべて安物だ。もしかしたら高位貴族がお忍びで来ているのかもしないと思い靴を見たが、残念ながら年季の入った古いものだった。ところどころ擦り切れている。おおかた綺麗な顔がご自慢の庶民が貴族の娘を引っかけようと、張り込んで貴族街にきたのだろう。
「ありがとう」
エイミーはツンとしてひったくるように魔石を受け取った。顔がよくても金も学も地位もない者はいらない。
「随分と高価な物を持ち歩いているね。危ないよ」
にこやかに男性が話しかけてくる。魔石だと見破ったのか、ただの宝石だと思ったのか。平民に化けた役人だろうか?
「値打ちものでは、ございませんから」
(落ち着け役人がこんな親切なわけがない。供連れではない娘が高価な魔石を持っていたら、疑われて取り上げられるはずだし、尋問される)
「ここら辺は貴族街といっても庶民の街も近い。危険だよ。早く家にお帰り」
年下の娘を諭すような口調にいら立ちを感じる。
「はあ? そんなこと関係ないでしょ? お前、本当は庶民でしょ。気軽に話しかけないで! 役人を呼ぶわよ」
青年は苦笑し、軽く肩をすくめた。ただ、やはりどことなく品がある。しかし、貴族も役人もこんなくたびれた靴は履かない。そのことをエイミーは、よく知っている。
(何なの、こいつ。この私に説教を? しかし、役人でなければ、今はどうでもいい)
踵を返すと揃った魔石にほくそ笑んだ。馬鹿な庶民の男だ。これ一つで庶民街なら家一軒建てられるのに。その価値にすら気付かない貧しい青年。どんな綺麗な顔をしていようと貴族に生まれなければ、意味はない。
♢
「まあ、いらっしゃい、エイミー。待ってたのよ」
レイノール家の豪華だが、ごてごてとした玄関ホールに着くと、ジャニスとその母テレジアが上機嫌で迎えてくれた。親子は似ていて、そろって意地の悪そうな顔をしている。エイミーは吹き出しそうになったが、貴族の娘らしく品よく挨拶を返す。
「そうそう、エイミーの紹介してくれた。使用人、アンナっていったかしら? だいぶこの家にも慣れたみたいよ。最初は生意気でどうしようかと思ったわ。まったくただの使用人のくせに侯爵家から来たってだけでプライドが高くてびっくりした」
ジャニスが忌々し気に振り返った先には、無表情のアンナがいた。エイミーを手引きしたかどでマイアーズ侯爵家を首になったのだ。父親に告げ口しないという約束で、レイノール家を紹介してやった。いくばくか金をやり、この家を探らせている。
エイミーはジャニスの後について、豪華なシャンデリアの下を通り中央の階段を上る。サロンへ案内された。玄関からここまで、本当に成金趣味で目がちかちかする。アンナが部屋から下がろうとするタイミングで手筈どおり巾着を渡す。
茶と菓子をふるまわれ、しばらく母のテレジアも交え、談笑した。いつもの自慢話がだらだらと続く。残念な事にテレジアも学がなく、見栄っ張り。エイミーは退屈で仕方がない。
知性だけはクレアの方があったようだと、愛想を振りまきつつ思索していると、
「ねえ、さっきホールで見たシャンデリアと大階段素敵でしょう?」
相も変わらずジャニスの自慢がまた始まった。
「ええ、とても素敵ね。まるで貴族の邸宅みたいだわ」
エイミーが邪気の無い笑顔を浮かべて繰り出す皮肉にテレジアの頬がピクリと反応するが、ジャニスは気付いていない。ある意味クレアよりとろいと思った。
「あそこからね。クレアを突き落としてやったのよ」
「え?」
ハッとしたエイミーを見て、ジャニスが楽しそうに笑う。
「驚いた?」
「え、ええ……」
心なしかエイミーの顔は青ざめているようだ。ジャニスはこの気取り屋の貴族の娘を自分のペースに誘い込んだと、邪悪な笑みを浮かべた。
長いので途中で切りました。(次話R15)




