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57 エイミー・ジェレミア 失墜


 

 その時は素晴らしい思い付きだと飛びついた。今思うととんでもない悪手。絶対に失敗は許されなかった……。


 大人しくしていたのに、私はまだセスにマークされていたのだ。どこまでも執念深い。


 セスがクレアを庇って刺されたとき、彼と私は同質だと気づいた。セスは魔法に長けている。呪文詠唱の時間が足りなかったと証言したらしいが、疑わしい。ケイトを断罪するために自ら刺されたのだ。あれはそういう腹黒い人間。やすやすと刺されるなんてありえない。しかもあそこまで深く刺さっていたのに助かった。悪運が強過ぎるし、少々気味が悪い。


 その直後、クレアは魔力暴走を起こす。あれは絶望が引き金になると言われている。すぐに逃げたが私の身も危なかった。悔しい、私にもあの魔力の強さがあれば。


 セスが止めなければ、クレアはあのまま暴走し続け、廃人になっていただろう。だがその場合、私も無事ではない。


 結局、セスに勘づかれた時点でこの計画は失敗だったのだ。










 もしかしたら、私が何かしなくてもクレアがセスの本性に恐れをなし、去っていくのかもしれない。

 

 しかし、それではダメなのだ。どうしたってクレアは幸せになる。


 悔しい、あんなとろい子がなぜ高位貴族の子弟に人気があるのだろう。セスより格が下がると言ってもマクミランもそれなりに裕福だ。領地も観光収益があり、風光明媚で素晴らしいと聞く。その彼にも望まれている。からかいのつもりが本気になるなんて馬鹿みたいだ。


 それに、もし結婚を選ばなかったとしても、クレアは調合教師から依怙贔屓されている。最近では学園に残って研究室に入るのではとの噂を聞く。どのみち未来は開けている。


 なぜ、あの子ばかりいい思いをするのだろう?







 事件の後のことは思い出したくもない。父の執務室に呼ばれ、初めて叱責された。もちろん罪はすべてケイトになすりつける。もともとケイトありきの計画だったし、実行したのも彼女だ。私は騙されて脅されて巻き込まれただけ。他の令嬢も似たり寄ったりで、ちょっとからかうだけだと騙されたと弁明した。


 他の令嬢はラッシュ家派閥だったため、逃げきれず退学となり、決まっていた縁談も流れたと聞く。私だけが父の人脈により助かった。


「お前を王立魔道学院に行かせるメリットはあるのか? ケイト・ラッシュはもういない。派閥も解体だろう。それとも、新しくどこか有力な貴族の派閥に入って情報を集めることは可能なのか? マイヤーズ侯爵令嬢のところはどうなのだ。

 無理ならば、高い授業料とリスクを負ってまでお前を通わせる意味はない。お前にもクリスファーと同じ貴族学校に転入してもらう」


 父からここまで言われたのは、生まれて初めてだ。利発な私は魔道学院に通うことと引き換えに父の仕事を手伝っている。だから、ジェレミア家は嫡男ではあるが凡庸な弟より、私が優遇される。事実、私のリークが原因で、学園から去っていた生徒もわずかながらいた。そして父の極秘資料を盗み見することも黙認されている。このことはもちろんケイトも知らない。誰も知らない秘密。


「お待ちください、お父様。それでは高位貴族の殿方との出会いが減ってしまいます」


 冗談ではない。貴族学校は魔力の無い高位貴族少しと下位貴族しかいない。そしてたいてい彼らは後継ぎから外されている。領地もなく子爵を名乗ることになるだろう。冗談ではない。


「しかし、四年ともなれば、彼らのほとんどはもう婚約が決まっているのではないか?」

「問題ありませんわ。選んでいるだけです。五年まで待っていただければ、整うはずです。卒業後の進路が確定していない今、選ぶのは時期尚早ですわ」


 本当はあてなどないが、そう言っておいた。父の私への信頼は厚い。もちろん私も殿方に相手にされないわけではない。ただ高位貴族は縁組となると家柄がよく魔力の強い相手を選びたがる。成績の振るわない男爵家令嬢など論外だ。

 

 とりあえずクレアを利用しよう。あの子は意気地がない。私を断罪できるわけがないのだ。アシュフォード家が傷ついたクレアを庇って、聴取の場に引き出さなかった。彼女はどこまでも守られて大切にされている。まあ、そのお陰で私は学園に残ることが出来たのだが。しかし、もし彼女が聴取に応じたとしても言いくるめる自信はあった。


 その後、クレアには二度と近づけなくなった。憔悴した彼女は常にだれかと行動を共にしている。

復帰したセスに、また恫喝されるかとひやりとしたが、いまだに何も言ってこない。少しは人に恨みを買う怖さが身に染みたのだろうか。

 セスにはクレアという弱みがあることを十分自覚してほしい。









 クレアが、マイアーズ侯爵家の舞踏会に招待されたと聞き焦りを感じた。私だってマイアーズ家に招待されたことはない。しかし、これはチャンスだ。幸いマイアーズ家にはアンナという父の子飼いの使用人がいる。私は彼女に接触した。もちろん父には秘密だし、私が彼女の存在を知っているとは思っていないだろう。大事な情報源を勝手に使ったことがばれれば、さすがに父に叱られる。




「申し訳ありませんが、それは勘弁していただけませんか? 不審者の手引きなどしたら……」


 私はそこでアンナと言う名の使用人の頬を張った。貴族令嬢である私を不審者呼ばわりとは何事か。時々いるのだ。仕える主人が偉いと、自分も偉いと勘違いしてしまう使用人が。教養のないこいつらに、私がわからせてやらなければならない。


「いいから言われた通りに私を舞踏会当日に手引きしなさい。そうしないと、クリスティーン様にあなたが父の間者だとばらすわよ」


 金が欲しくて、父に情報を売っているくせに。 


 

 当日、リスクを冒して潜り込み、そこでクレアに接触できた。やはり思った通りクレアは意気地がない。あんな目に遭わされたのに、私の言葉に耳を傾ける。

 クレアの弱々しい抗議の声を聞いて、勝ちを確信した。そう、この子は心底人を突き放せない。縋りつかれればなおさらだ。こうなれば、あとは私のペース。


 直後、セスとクリスティーンにすぐに見つかり、追い出された。屈辱的だ。この理不尽な扱いは何? 





 数日後、調合実験のテストの時間、教師が三人の生徒を連れて入って来た。全員成績優秀者ばかり、彼らにこの調合下級クラスのアシスタントを務めさせるという。それは例年のことだと分かっているが、なぜかその中にセスもいた。アシスタントもなにもそもそも彼は調合を選択していない。基礎知識しかないだろうに、屈辱だ。ちなみにクレアは調合上級クラス。いらいらする。


 しかし、セスの事だ。腹に一物あるかもしれない。私は警戒しながら、彼の動きを見張る。魔力がないせいで成績は振るわない。この実習試験をパスしなければならないのに。セスは離れた場所で、他の生徒の手伝いをしている。こちらに来る気配はない。別に私をマークしている様子もなかった。ただの教師のお気に入りのようだ。


 安心した私は制服に隠した魔石を取り出し、調合に使う鍋を温めるために火をつける。そんな簡単な魔法さえ、魔力の無い私は魔石や魔道具に頼らなければならない。そして、それは不正。


 セスに注意しながら、いつもの手順で火をともす。魔石をしまおうとした瞬間、後ろから、腕をつかまれる。振り返ると調合教師がいた。


「これは、どういうことだ? 説明してもらおうか、エイミー・ジェレミア」


 私の手は魔石を握ったままだ。セスに気を取られて、背後への注意を怠った。はっとしてセスを見るとまっすぐとこっちを見て、軽く右手を上げていた。あの距離から、私の不正を見破り教師に合図した? どこでバレた? 


 セス・アシュフォード、こいつ本当に死ねば良かったのに。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自分を棚に上げて、幸せそうな後輩にいじわるした経験がある。これはとても気持ち悪くて懲りた。きっと無意識に人を傷つけたことだって自分で気がつかなくてもあったに違いない。と思ったらホントに…
[一言] あくまでも自分が悪いんじゃなくて全て人のせい… ここまで来るといっそ清々しいねww
[気になる点] セス(拗らせからの溺愛腹黒)がついに王手?! エイミーはどうなる?! [一言] セスがクレアに書いた手紙が読みたいですっ(><) どんなこと書いてたんでしょう♡ あと、書かれることは…
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