05
彼ら二人がここまで上がって来るのは初めてだ。ここまで来るのは下級使用人くらいだ。
「お嬢様、こちらでお着替えをしてください」
「え?」
聞き間違い? クレアは耳を疑った。お嬢様と呼ばれたのはこの家に来て一週間だけで、後は名前すら呼ばれることはなかった。
「早くお着替えください。伯爵様とご令息がお待ちです」
言葉は丁寧だが二人ともいらいらしている。
部屋にメイドが二人入ってきてクレアは着替えさせられた。ドレスは体に合わずゆるゆるだったジャニスのドレスだ。そんなものを着たらきっと後でジャニスにひどい目にあわされる。クレアは震えあがったが、メイドたちは「旦那様の命令です」と言って取り合わない。
彼女は即席で髪を結われ、客間に行くことになった。客間に入る前に、執事に挨拶の仕方を教わったが、いままでやったことがないので上手くできるか心配だった。
執事がサロンの扉を開けるとその先に、上等な服を来た紳士とクレアと同じ年ぐらいの男の子がいた。
金髪にグリーンの瞳、本当にきれいな子だった。がちがちに緊張して挨拶をする。ジャニスとテレジアの鋭い視線を感じた。彼女たちがとても怒っているのがわかる。怖くて顔がなかなか上げられない。早くこの場から逃げ出したかった。
「セス、挨拶しないか」
アシュフォード伯爵の窘める声。
「セスだ」
ぶっきらぼうにそういったきり、男の子は黙り込んでしまった。呼ばれてきたのに、ここでも歓迎されていない。クレアはまたしても居心地の悪さを感じた。不安で胸がドキドキする。何か粗相をしてしまったらどうしよう。
執事に椅子を引いてもらって席に着く。こんなことをされたのは初めてだ。メイドがクレアの分のティーカップも用意して、お茶を注いでくれる。お茶など、ほとんど飲んだことがないので、作法がわからない。クレアはそのまま固まった。
大人たちは談笑しているが、子供たちは、互いに不機嫌で、クレアは彼らと目を合わせないようにずっと俯くしかなかった。自分は何のためにここに呼ばれたのだろう。
彼らの馬車を玄関から見送った。扉が閉まると同時にパンとジャニスに頬を打たれた。
「なんで私の服をきているのよ。さっさと脱ぎなさいよ」
そう言ってジャニスは真っ赤になって、つかみかかって来た。
「いい加減にしないか、ジャニス」
いつもは無関心なラッセルが初めてジャニスを止める。
「クレアちょっと来なさい」
父に呼ばれ、怒られるのだろうかと不安になった。