56 エイミー・ジェレミア 操る
二話+短め一話、連日予約投稿予定。
ケイトは地団駄を踏む。
「信じられない。クレアは長期の休みのたびにアシュフォード領に行っているのよ。私は子供の頃から憧れていたのに。遠目に見たことがあるけれど、素敵な古城なのよ。
私もアシュフォード城へ行ってみたいのに、どうしてあんな子が? おまけに正式な婚約者として領民に紹介されているみたい。クレア、どうしてくれよう」
悔しいのは私も一緒だ。アシュフォード家が辺境の地を担い城を持っているなど知らなかった。領地までは王都から馬車で一日で着くという。領地が王都に近すぎるし、そのうえ広大だ。伯爵でもたいへんな家柄。そうは名乗っていないけれどおそらく辺境伯。
以前はアシュフォード家のことは、さらりと通り一遍のことを調べただけだが、今回は父の執務室で資料をじっくりとあさった。高位貴族だけにガードが固く、情報はそれほど詳しくはなかったが、もっと早くつぶさに調べておけばよかったと後悔している。
そうすればもっと上手く慎重にセスからクレアを切り離したのに。てっきり、貧乏で家名だけが誇りの伯爵家だと思っていた。没落しかけているという噂はおそらく敵対派閥が流したもの。
ケイトは伯爵家の令嬢だけあって、私より高位貴族の序列をよく知っていたのだ。家柄もこみで彼に好意を抱いている。つくづくクレアにはもったいない。壊れればいい。あと少しだったのに……。
どうりでファーガソン侯爵家令息のアーサーと堂々と接しているはずだ。同じ伯爵家でもケイトやマクミランでは太刀打ちできない。どうしてそんな家にクレアが? 父のメモにはプライドの高いアシュフォード家が王家や諸侯に借りを作りたくなくてレイノール家に近づいたのではと推測が書かれていた。
私はあの家に関してもっと古い資料を読んだ。現当主ジョゼフ・アシュフォードの醜聞があった。他国の婚約が内定していた姫を攫うように連れ帰り妻にしたとある。それが原因でアシュフォード家は中央を去っていた。なんだ、これは……そのような問題を起こしてどうやって凌いだ?
そういえば聞いたことがある。アシュフォードの領主は代々妾を持たない一族だと。それも魅力の一つと言われている。
貴族で妾を持つ者は多い。家の父にもいるのに、あの家柄で代々持たないなど珍しい。もし子が出来なければ、子孫が絶えてしまうではないか。
見初めた相手を娶るというのならば、クレアはセスに愛されて望まれた? いや、そんな馬鹿なことがあるわけがない。だいたい出会った頃のあの子は貧相で暗い子だった。今だってうじうじしていて魅力的とは言い難い。だから婚約者とあそこまでこじれた。そう、彼らはとてもよそよそしかった。
いくら資料を探しても彼らの出会いがいつなのかはっきりしない。高位貴族は探るのが難しい。使用人も口が堅いのだ。
ここは、豪商の娘がたまたま高い魔力を持っていたため、取引として婚約が結ばれたと考えるのが自然だろう。
♢
慎重に機会をうかがい、一年が過ぎた。怒りは静かに恨みに変わる。それはケイトも同じで、あいつさえいなければと利害の一致を見た。
しかし、クレアの周りにはセスの他に、ジョシュア、アーサー、そしておっとりと見えてその実気の強いシンディがいる。正義感が強くいじめを嫌う偽善者シンディとは幼い頃にケイトとともに敵対してしまった。そんなシンディと気が弱く意気地のないクレアは気が合うようだ。
更にクレアは、最近、学園の女王クリスティーンにまで気に入られている。このままいけばクリスティーンはクレアの後ろ盾におさまるだろう。
セスはもう以前のように隙を見せない。クリスティーンのマイアーズ侯爵家やアーサーのファーガソン侯爵家と着々と良い関係を築いている。
クレア以外には相変わらずクールな振舞いを見せるのに、意外に社交に長けている。見破られて、操れないのをもどかしく感じる。ちやほやされて育っているはずなのに、あそこまで強かだとは思わなかった。クレアのように何度も騙されてはくれない。
時は無為に過ぎていく。クレアさえいなければ、学園の主流派閥に入れたのに。セスが邪魔だし排除したいけれど、簡単に片づけられる気がしない。クレアには甘い態度を見せるのに、嫌いな者には容赦しない。
嫌いな者に見せる顔こそ、その人間の本性だと父から教わった。クレアはあの恐ろしい婚約者の内面を知っていて付き合っているのだろうか。どれほど残酷な人間か知らせてやりたい気もする。
このままでは私の学園生活は台無しだ。はやくクレアを破滅させて、伯爵家以上の家柄の跡取り令息を見つけなくてはならない。私はジェレミア家の長女として、こんなところで足踏みをしているわけにはいかないのだ。
♢
しばらく、手も足も出ない状態が続いたが、またケイトが素晴らしいアイデアを思い付いた。
「不幸な事故で、クレアが顔に大きな傷を負うっていうのはどう?」
残念だが、それでは少し弱い。成功したとしても、セスがそれぐらいでクレアを諦めるだろうか。もし、逆効果だったら? ますますクレアに対して過保護になってしまうかもしれない。それに失敗すれば、こちらが危ない。セスは危険だ。猜疑心が強く、誰よりも計算高い。クレアに何かあれば、彼は真っ先に私たちを疑うだろう。ならば確実に……。
結局のところ、ケイトがした提案ではぬるい。
「それは……どうでしょう? セス様はクレアを溺愛していますし、顔に傷があるくらいでは」
わざと溺愛という言葉を使いケイトの嫉妬心を煽る。
「なら、どうしろと? 目でも潰す?」
ケイトは不満そうに苛立ち始めた。確かにそれも素敵な考えだが、クレアが私たちの仕業と証言すれば危うく、誰かに見られていればそれで終わる。ひと欠片も証拠を残してはいけない。だが、それはケイトに言わせなければ意味がない。
「すこし、自分の立場を分からせてやるだけでいいのでは?」
あえて消極的な意見を言う。
「残念ね。あなたはもう少し胆力のある人かと思っていたわ。そんなことでは高位貴族の妻はつとまらなくてよ」
ケイトごときにこの言われ方、腹が立つがぐっと堪えた。代わりに動いてくれる人間がいる限り、私は絶対に自分の手は汚さない。
「では、何か、ケイト様にはお考えが?」
反感など抱いていないかのように柔らかく聞く。
「もちろんよ。不幸な事故でついうっかり死んじゃうの。ふふふ。ねえ、エイミー、証拠が残らない方法はあるかしら?」
さすがケイトだ。
早速、私はお膳立てをした。あたかもケイト主導のように。頼もしい彼女は、クレアを殺めることに一切の躊躇を見せない。バレなければ、何でもありなのだ。
所詮、クレアは金で爵位を買った元庶民の娘、貧民街育ちの卑しき者だから。
更新で手いっぱいのため感想返し遅れます。申しわけないm(__)m




