53 エイミー・ジェレミア 危機感
月日が過ぎ、二学年になった。
クレアとはクラスが別れる。忌々しいことにクレアは頭の良い子だけが集められるAクラスになった。
私は、クレアを利用してAクラスに出入りしようとした。結婚相手は爵位も高く優秀な貴族の子弟がいい。もちろんケイトもいるのでそのつてを使ってもいいが、ケイトに借りを作りたくないし、華やかなわりに強気な彼女は男子生徒に敬遠されがちだ。だから、とろいクレアを利用しようと思った。
まだクレアにはケイトと仲の良いところは見せない方がいい。
人づきあいの苦手なクレアはクラスが成績順だという事すら知らなかった。そして成績もほどほどがいいと言った私の言葉を鵜呑みにしている。面白いから、今度テストを白紙で出しても卒業できると言ってみよう。信じるかもしれない。この愚鈍さを純粋というのだろうか? 否、貧民はやはり馬鹿なのだ。だから彼らは社会の最下層から、いつまでたっても這い上がれない。絶対に這い上がって来てはいけない。それは裕福な誰かが転げ落ちるという事だから。
たまたまクレアのクラスに行った折に、ジョシュアとクレアの会話を盗み聞いた。セスがクレアを呼び出したようだ。同じクラスということは、いずれ二人が近づいてしまうかもしれない。それだけは阻止したかった。
婚約など破棄されればいいのに。そう、解消ではなく絶対に破棄だ。しかし、それが難しいことは分かっている。貴族の子供は親の決めた縁組に逆らわないのだ。例えそれがどんなに意に沿わないものであったとしても。どうやって彼らの仲を拗らせようか。
人気のない廊下でセスを待ち伏せする。足早に来た彼に早速声をかけた。
「あの、セス様」
「何? いま人と約束があって急いでいるんだ」
そっけない返事。モテる男性だけが許させれるギリギリの受け答え。クレアを待たせたくないのだ。セスは去年よりずっと背が伸びて、面差しや体つきも中性的な感じから、男性らしいものへと変わってきている。こんなに素敵な人がどうしてクレアを思っているの?
「はい、分かっています。あの、とても申し上げづらいのですが、クレア様が、都合が悪いらしくて、その……待ち合わせには一時間ほど遅れるかもって」
「クレアは具合が悪いの? もしかして、医務室で休んでる?」
少し焦ったように気づかわしげに言う。今にも医務室に向かいそうだ。ここは慎重にいかないと。
「いえ、具合が悪いというわけではなく都合が悪いのです。いつもの人見知りが……」
そこでいったん言葉をきり、思わせぶりに目を伏せる。いつも澄ましているセスのイライラが伝わってくる。彼はクレアに好かれていることに気付いていない。不思議と意識し合う二人の視線は交差することなく、たまに目が合っても小心なクレアがビクッとして俯く。
だから、彼は、クレアに避けられていると感じているはず。そのせいか、遠慮して間に人をたて間接的な誘い方をする。そこに付け入る隙ができるのだ。
「あの、もちろんクレア様に悪気はないんですよ。決してセス様を避けているわけでも、誘われるのを迷惑に思っているわけでもないのです。ただ、緊張してしまって心の準備ができないというか、何と言うか、悪意からではなくて……本当にクレアはいい子なんです。その、上手く彼女の気持ちを伝えられなくて、ごめんなさい」
私が申し訳なさそうに悲し気に頭を下げると、セスの瞳が仄暗く翳る。
「いいよ。分かった。伝言ありがとう」
そう言うと彼は踵を返して去って行った。表立ってかっとならないところが彼のいいところだ。これでクレアは待ちぼうけだ。
多分、二人きりでしばらく話せばクレアの性格がばれてしまうだろう。そんな接触は避けさせなければならない。
一時間後というのはなかなか秀逸な設定だ。私は自分の思い付きに自画自賛した。二人とも授業中だ。これでクレアの傲慢さも伝わっただろうし、彼らが会うことはない。
上手くいったと思っていた。
♢
クレアが生徒会に選出されたと聞いて愕然とした。
「ケイト様、なぜクレアが生徒会に?」
「なぜも何もクリスティーン様は興味がないと言うし、クレアが生徒会っておもしろいじゃない?」
「ふふふ」と楽しそうに笑う。ケイトはいったい何を言っているのだろう。
「見てなさい。私がいびり出してやるわ」
ダメだ。ケイトは自分が最高だと思っているから、気付いていない。クレアがときおり男子生徒に興味を持たれていることに。本当に不思議なのだが、一部の男子生徒はクレアと食事をともにしたがるし、親切にする。
図書館で、小柄なクレアの為に男子生徒が本をとってあげている姿を見かけたことがある。恥ずかしがって真っ赤になりながら礼を言っていた。その姿が妙に癇に障る。
あの子は他の生徒と接触させてはダメなのだ。
結果から言うと私の勘は当たった。生徒会に入ってすぐにクレアは侯爵令息アーサー・ファーガソンのお気に入りになった。そして女好きなマクミランが粉をかけているという噂が広まる。
最初は調子に乗ってクレアを苛めていたケイトだが、今は悔しさに歯噛みしていた。
「クレアが、アーサー様に媚びて、きっとあることないこと吹き込んだのよ。アーサー様の家はアシュフォード家と同じで庶民にも寛容なの。
被害者ぶって何なの? まるで私がひどいいじめをしているみたい。足ひっかけたり、熱いお茶かけたりして、ちょっと火傷させる程度よ? あとは揶揄うくらいなのに。何なのよ! それくらいいいじゃない。あの子はセス様の婚約者なのよ。礼儀もなっていないし、誰かが躾けなくちゃいけないのよ。だから、わざと散らかして、掃除をさせているの。そうじゃないとあの子は自分を貴族だと勘違いしてしまう」
「そうですね。ケイト様のおっしゃる通りですわ」
私は力強くケイトに同意した。
そこまで苛められても生徒会の活動に出てしまう。クレアはいったいどういう神経をしているのだろうか。
「最近では、アーサー様にクレアと引き離されて満足に躾もできない。そのうえ、いつの間にかクレアはマクミラン様を手玉にとって、信じられない。セス様がいるのにやりたい放題じゃない。あんなの絶対に許せないわ」
ケイトは真っ赤になって癇癪を起した。私も彼女を親身に宥めつつ、怒りに震える。
クレアは弱いふりをして、実にあざとい。もしかして、計算してる? 愚鈍だと思ったのは勘違いだったのかもしれない。彼女はすぐに恥じらい白皙の頬を朱に染める。そして身分の高い殿方の懐にいとも容易く入り込む。




