52 エイミー・ジェレミア 悪ふざけ
二人のすれ違いが顕著になってきた時、セスから接触があった。
「君、よくクレアと食事をしているよね。よかったら僕たちと昼、食事をしないか? もちろんクレアも一緒に」
そんな風に誘われた。驚いた。女の子に声をかけてくるとは思わなかった。切羽詰まっているのだろうか? そんなにクレアがいいの? どうして諦めない? もう少しプライドの高い人かと思っていた。彼はジョシュアという友人を連れている。ジョシュアは人がよさそうな感じで顔もいいし家格も高い。私は彼でもかまわない。
最初はその話に乗ってもいいかと思った。しかし、そこでいい考えが浮かぶ。
「ごめんなさい。クレア気が乗らないって。彼女、まったく悪気はないのですよ。ただちょっと人見知りがあって……」
申し訳なさそうに目を伏せ謝罪する。私はその日、約束のランチに自分の友達を連れていった。セスは、来ないクレアにきっと腹を立てたことだろう。しかし、彼は一瞬目を伏せただけで、特にいらいらした様子もなく、予想外に楽しいランチとなった。次の約束を取り付けようとしたけれど、難なく彼らに躱される。名残り惜しく少し残念だ。
クレアを連れて行っていれば次があったのかも知れない。ただ、その場合、セスとクレアが上手くいってしまう可能性が高くなる。それはよくないことだ。
もちろんクレアは自分がランチに誘われたなどと知る由もないし、この先知る必要もない。だいたいパンとスープしか食べない上にテーブルマナーもろくに身についていない子と食事をしても彼らだって楽しめなかっただろう。
セスがどうにか歩み寄ろうとしているのに、すれ違ってしまう二人。彼がそんなクレアに焦れて苛立ち、時折にらみつけるのにも気づいていた。そんなときクレアは怯えている。本当に馬鹿な子だ。クレアは、普段注がれている彼からの柔らかく穏やかな視線には気付かず、強い感情をぶつけられると途端にビクッと反応する。観察して飽きない。
クレアも中途半端に彼に挨拶をしようとする。真っ青な顔で笑うことを知らないクレアの顔は緊張で引きつっていた。セスのように幼いころから、女の子にちやほやされている人間はクレアのそういう態度を理解することが出来ない。普段からコミュニケーションをとっていない相手ならば、なおさらだ。
案の定、彼はクレアに嫌われているととったようだ。顔も頭もいい彼は、意外にも自信過剰ではない。クレアは彼を意識しすぎて緊張でがちがちになっているだけだという事が分からないのだ。結果、傷心の彼はクレアを無視する。
それで終わりそうなものだが、セスは何かとクレアを気にして接触しようとした。その態度は彼女に執着しているようで、ちょっとしつこくてひく。好かれたら好かれたで面倒そう。いい加減諦めればいいのに。
クレアは学年末でその順位を下げた。やはり中期の試験はまぐれだったのだ。ざまあ、見ろと思った。しかし、それでも私よりずっと上で腹が立つ。
しかし、一学年が終わるころ、私は驚くような事実をケイトから聞くことになる。
「クレアはね。セス様の婚約者なの」
「はあ?」
信じがたかった。それと同時に合点がいく。セスがあれだけクレアに執着していたのは、そういう事だったのだ。決してクレアが好きで執着しているわけではない。きっと好きになろうと努力しているだけなのだ。そのことにほっとした。
同時に怒りが湧いてきた。なぜあの子ばかりいい思いをするのだろう。
「セス様はね。借金のかたにクレアと結婚することを強要されたのよ。クレアの卑しい商人の父親に」
「それは、あんまりだわ。セス様がかわいそう。きっとお嫌なんでしょう。でも紳士だから、我慢してらっしゃるのね」
「そうかしら? 時折クレアを目で追っているように見えるわ」
イライラしながら言う。ケイトも気づいていたようだ。
「あんな貧相で陰気な子、誰が好むのかしら?」
積極的なケイトから逃げているセスに気付いていたが、あえて焚きつけた。セスに鬱陶しがられていることに気付いていないケイトが笑えるし、面白い。
私も子供の頃連れられて行った茶会で、セスを見かけたことがある。とても綺麗で礼儀正しい男の子。何度か接触しようと試みた。しかし、会話が弾むこともなく、きっとプライドが高くて下級貴族は相手にしないタイプなのだと思っていたのに……クレア、絶対に許せない。
わが一族は魔力が弱く、蔑ろにされている。領地もほとんどないに等しい。だから、食べていくために、魔力判定に付随する調査で得た情報を細々と売る。例え違法であっても、それは力を持つのに有効な手段だ。お陰で財産もある程度潤っていた。だが、重宝に使われるわりに高い地位につくことはない。ジェレミア家はそんな日陰の貴族だ。それが我慢ならない。
学園に入学出来たら、高位貴族の子弟を狙うつもりでいた。魔力だけがやたら高く、運に恵まれているだけで、ふわふわ生きているクレアのような子が一番腹が立つ。そろそろ潰そうかな。




