51 エイミー・ジェレミア 暇つぶし
クレアは、日が経つにつれて髪を櫛で丁寧に梳くようになり、がばがばだった制服のサイズも徐々に体に合ってきて、それなりに着こなすようになった。艶のある金髪、透明感のあるブルーの瞳。ぎこちないながらも、時には笑顔を見せる。それが生意気でちょっと気に入らない。
「クレア、顔を引きつらせているようだけれど笑っているの? 無理に笑わなくてもあなたの良さは十分伝わるから、安心してちょうだい」
そんな風に親身に優しくアドバイスしてみる。するとクレアはふうわりと花が綻ぶような笑みを浮かべた。真面目で虚栄心も競争心もないとろい子だが、最近彼女を見ているといらいらする。クレアを見る周りの目が徐々に変わってきていた。
「エイミー、今度ランチを一緒にしない? えっと、クレアも誘って」
「ええ、分かったわ。クレアに聞いてみる」
などと男子生徒から声をかけられるようになった。私ではなくあの子が目当て。なぜ、あんな痩せて陰気な子、どこがいいのか分からない。無口で、たまに話すと声はぼそぼそとしていて聞き取りにくい。あんな子と付き合ってやれるのは心の広い私ぐらいだ。
いつも私はいったん誘いを持ち帰り、後日のランチには別の友達を連れて行く。すると決まって彼らはがっかりする。
「ごめんなさい。一生懸命誘ったのだけれど……クレアは、なんていうか……。人嫌いというわけではないのだけれど、人見知りで、あまり知らない人達と食事をしたがらないの」
そう私は嘘を言っていない。クレアが私以外の人間と食事をしたがるわけがないのだ。もちろん彼女には誘われた話はしていない。そんな必要はないからだ。勘違いして変に自信をつけてもらっても困る。
人当たりがよく親切で明るいエイミーに人嫌いで陰気なクレア、周りにそんなふうに印象付けた。
♢
調合の授業は彼女と組んだおかげでいい思いをした。すべて私の手柄にして教師にも褒められた。とろいクレアは「エイミー様、すごいのね」と眩しそうな視線を向ける。呑み込みがいいわりに要領の悪い子。それに魔力量も高くて助かる。そのおかげで自分の魔力の無さをごまかせた。
ただ試験はペアではなく、一人で受けなくてはならない。惨憺たる結果だったので教師に失望された。そのあとすぐにクレアが、贔屓されるようになった。
そのうち彼女は中期テストで学年六位をたたき出した。正直そこまで頭の良い子だとは思っていなかったので驚いた。
実際、彼女はすごくとろい子なのだ。カフェテリアでもいつまでたっても自分のパンを確保できないどころか、席取りなども全く役に立たない。出し抜くのなんて簡単だった。そのうえ、人を疑うことを知らない。こんな子が頭がいいだなんて信じられなかった。
視線を感じ振り向くとセスが賞賛の目でクレアを見ていた。クレアを見るとなぜか真っ青な顔をして震えている。まさか一番ではなかったから気に入らないの?
クレアがチラリとセスに視線を送る。するとセスの顔が硬直し、それまでの柔らかい視線を一変させて、クレアを睨みつけた。訳が分からない。しかし、もう一度張り出された順位を見て得心した。セスの名前はクレアの下にある。この二人の誤解にすぐに気づいた私は、笑いがこみあげそうになった。
馬鹿なクレア、素直に喜べば彼が賞賛の声をかけてきてくれただろうに。これでは彼を馬鹿にし過ぎだ。それにいつも取り澄ましているセスがクレアに気の毒に思われたとか、笑える。
でも、なぜなの? やはり、セスはクレアが好きなのか? 分からない。こんなぼうっとした陰気な子のどこがいいのだろう。変な趣味。
♢
身分の低いクレアが調子に乗らないように分を弁えることを教えなければならない。
尻込みするクレアを学園祭に誘う。人見知りをする子はたいてい人混みを嫌う。クレアも例外ではなかった。それに派手目の友達を見繕って彼女たちとまわることにした。
案の定クレアはのけ者になった。日頃からセス以外の男子に興味を持っていないので、話題に上る令息の名前すらわからない。化粧も服も興味がない変わった子。家が金持ちなのに不思議だ。
「エイミーなんでこんな陰気で気が利かない子とつきあっているの?」
「そんなことないわよ。クレアにもいいところがあるわ。それに先生にあの子の面倒を見るように頼まれているの」
別に頼まれているわけではないが、空気を読んで行動しているのだ。だから嘘ではない。ノートを借りたり、魔力を借りたりと何かと便利なのだ。それに彼女といると私の良さが引き立つ。面倒見が良く優しいエイミー。クレアをうまく使えば皆がそう思ってくれる。
「あなたって本当に偉いわね。私なら無理。ねえねえ、舞踏場まで連れていって、あの子撒こうよ」
さすが私の友達いい思い付きだ。舞踏場に入りクレアを撒くと、友達は皆自分の婚約者や仲の良い令息の元へ行ってしまった。ちょっと悔しい。皆のように男爵令息で妥協できず伯爵令息を狙っている私にはまだ相手はいない。しばらくするとセスが数人の友人と入って来た。その中にはケイトもいた。もしかしたら、クレアを見かけて来たのかもしれない。
ケイトは、セスが好きだ。彼と踊りたくて付きまとっていたのだろう。だいたい体よく追い払われている。彼は令嬢に言い寄られることに慣れているのか、そういうところはそつがない。
私はケイトの為に一計を案じた。ちょうどダンスの教師も来ていたので、利用することにした。信用を得るのは昔から得意だ。もちろん教師からも信頼されている。
「君たちの踊りは美しいから、ホールの中央で手本としてぜひ踊ってもらいたい」
などと上機嫌に教師に言われてケイトは大喜びだが、優等生で気取り屋のセスが一瞬顔をしかめた。いつもそつのない彼もこれは逃げられない。ケイトがあまり好きではない様子も笑える。
私は視線の端に、舞踏場の壁際に立つクレアをとらえていた。彼女がセスとケイトのダンスを見て、悲しみに顔をゆがめ舞踏場から出て行くところを見られて大いに満足した。
きっと皆が浮かれている晩に彼女はひとり大泣きするだろう。親に言い含められて、挨拶をしたり、意識したりしていたのかとも思っていた時期もあった。だが、やはりただの憧れではなく本当に好きだったのだ。クレア本人にその自覚があるのかどうかは分からないけれど……特に最近セスを見る目に熱を帯びてきていた。なんて図々しい身の程知らずな子なのだろう。
セスはクレアの思いに気付いていない。気の毒に。いや、こんな身分違いの恋、成就しなくてむしろ良かったのだ。私はいいことをした。




