50 エイミー・ジェレミア 出会い
ケイト・ラッシュは誰かを苛めたくてしょうがない。そういう人間は分かる。初めて会ったとき自分と同質だと気づいた。だから、クレアを差し出した。その方がより楽しめると思ったから。
私の父は王宮に勤める役人だ。魔力判定の仕事に関わっている。そこでクレアの話を聞いてきた。庶民出身で強い魔力を持つ娘がいると。
男爵位を金で買った庶民のくせにと腹立たしかった。父に内緒で、クレアの資料を覗き見る。すると第一回の判定を受けた場所がアンゴラ地区の孤児院だった。最下層の人間……ではなくただのゴミだ。こんなものが王立魔法学院への入学を許されている。不条理だ。
運よく彼女とは同じクラスだった。いつも俯いていて陰気、がりがりに痩せて制服がぶかぶか。さすが最下層民、みっともない子。しかし、最初だから、どんな子かは分からない。
私は観察することにした。櫛で梳いていないようで髪に艶はない。よくよく見ると整った顔をしているが表情は乏しく、極端に大人しい。にこりとも笑わない無愛想な子なので、クラスでは孤立気味だった。魔力量が高いから、周りを馬鹿にしているのだろうか。何を考えているのかさっぱり分からない。次第に彼女を見ているだけで苛立ってくるようになった。
試しに声をかけてランチを何度か一緒にとる。何のことはない。気が弱く、滑稽なほど卑屈な子だった。これならば、潰す必要もない。しばらく私は彼女の面倒を見るふりをした。優しくて気さくなエイミー。教師の受けもよく、私は評判がいい。
クレアはそれほど退屈な子ではなかった。むしろ面白く、付き合うには気楽な相手だ。いつもパンにスープの食事をしている。よくガチャガチャと音を立てた。本当に品の無い子。私がカモ肉を美味しそうに食べても、舌平目に舌鼓をうっても彼女はいつも同じメニューだ。すぐに理由は分かった。
気の毒なクレアはテーブルマナーを知らない。そんな彼女の横で美味しそうに食べるのは快感だった。いくら勧めても「お腹が空いていないから……」などと言って俯く。仄暗い瞳で羨ましそうに私を見る。時には眩しそうに。どうやらこの子は私に憧れているようだ。悪い気分ではない。
更に彼女を観察していると面白いことが分かった。伯爵令息のセス・アシュフォードに気があるようだ。彼をちらちらと見ている。
セスはとても綺麗で頭がよく人気があるが、家や領土の財政状況は良くないという噂をちらりと耳にした。そのせいか、身分の低い女生徒が狙い目とばかりに声をかける。しかし、どう考えても庶民あがりのクレアには無理な相手だ。
アシュフォード家は伯爵といっても、侯爵位に準ずる身分だと以前に父が言っていたのを聞いたことがある。なんでもこの国の建国時に尽くした魔導士の家系らしい。領地は辺境も含めかなり広いという事だ。私兵を持ち、ときに国に侵入しようとする異民族を撃退することもあると聞く。
慕うのは勝手だが、卑屈なわりにクレアは図々しい。釣り合わないのも甚だしすぎる。それとも貴族社会というものを理解していないのだろうか。
それに彼女は時々奇矯な態度をとる。セスに挨拶に行くのだ。実際、人気のある彼に挨拶に行く者は多い。彼自身、気安く女性に声をかけてくるタイプではないので、それしか話すチャンスがない。だから、結婚相手を探している令嬢は必死だ。
しかし、残念な事にクレアはがちがちに緊張してにこりとも笑わない。震えながらの礼も優雅とは言い難く残念だ。本当に何をしに行くのだろう。挨拶された方もあれでは不快に感じるに決まっている。失礼以外の何物でもない。案の定、いつも顔を背けられている。ついつい笑ってしまう。
今でこそ、小心で悪気がなく、ただ緊張しているだけの彼女が分かるようになったが、クレアと付き合う前はただ陰気で無愛想な女にしか見えなかった。下手をすると感じが悪い印象を与える。
しかし、そうまでしてなぜ彼の元に挨拶に行くのだろう。商人の父親に言い含められているのかもしれない。
♢
クレアは友達がいないから、本の虫だ。何を読んでいるのか聞いても口をもごもごさせて言いたがらない。勉強のための本が多いが、時折好んで娯楽の本も読んでいるようだ。
一度覗いてみたけれど、笑ってしまった。恋愛小説を読んでいる。いや恋愛とも言えない。王子様のような身分の高い男性が出てきて、身分の低い少女を救う話。妖精や天使が出る話も好きなようだ。童話のような神話のような、そんなものばかりを好んで読んでいる。乙女チックで少女趣味。勉強は出来るのに人づきあいが苦手、そのくせ頭の中はふわふわのお花畑とは本当に愉快な子だ。
さしずめ彼女にとっての王子はセス・アシュフォードで、妄想でもしているのだろうか。ゴミの分際で。
最初はそんなふうに高を括っていた。しかし、不測の事態が起きる。なぜか、セスの方でもクレアを意識しているのだ。最初はセスが私を見てくれているのかと思っていた。だが、図書館でクレアと待ち合わせをしたとき、それが勘違いだと気づいた。
セスが、読書に夢中なクレアを注意深く観察していたからだ。そのうち彼らがなぜかお互いを意識し合っていることに気付く。
目が合うことはないのに、お互いにちらちらと視線を送る。まるで片思いでもしているように。そんな馬鹿な。




