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49 宴の後 ~愛されることで復讐する


 その夜セスは、クレアを寮まで送り、タウンハウスに戻った。サロンで茶を飲みながら、今日のクレアの美しくも愛らしい姿を思い出した。彼女は貧しい幼少期を過ごしたにもかかわらず、どことなく品の良さがある。人柄だろうか。仕草一つとっても奥ゆかしい。花開くように、日に日に美しくなっていくクレアを思うと自然と顔が綻ぶ。

 

 ダンスもだいぶこなれてきたし、社交もクリスティーンという後ろ盾ができたから、問題ないだろう。もともと無理にやらせるつもりはない。


 ケイト達と切り離せば、割とクレアが人に好かれることが分かる。嫉妬されたり、誤解されたりすることもあるが、もともと性格がよく素直で努力家なクレアは徐々に認められていった。


 少し男子生徒に人気があるのが気になるが……。というかマクミランがしつこい。そのうえ、それほど害のない奴だという事が、また鬱陶しいのだ。彼は悪人ではなく、享楽的なただの遊び人だ。彼がクレアに目を付けて言い寄り始めた頃は冷や冷やした。


「楽しい夜で良かったな」


 音もなく兄のミハイルが入ってくる。


「ああ、兄上。待っていたよ。聞きたいことがあってね」


 いつものシャンデリアではなく、蝋燭で照らし出しされたサロンは仄暗い。


「ケイトはあっさり死んだよ」

「聞いたよ。何が原因だったの?」

「貧民街で金目のものを見せびらかしたんだよ。ケイトが消えた後、ラッシュ家のお宝が闇市場で売られていた。出奔するとき家から盗んできたらしい。頭部を後ろから一発、棒状のもので殴られて死んだ。宝を奪われ、川に沈められた。下手人は捕まらないだろうな」


 セスの表情が翳る。


「兄上はケイトの出奔を知っていたんだね?」


 ミハイルはそれには答えず、曖昧に小さく微笑む。


「ラッシュ卿の方は突き出す気だったらしいが、夫人が押し切って娘を逃がしたんだ。牢に繋がれるのを恥と考えたんだろう。決して娘を思ってのことではない。計画では国境近くの修道院に預ける予定だったらしい」


「それにしてはお粗末だね」

「ああ、秘密がばれないように、身元の怪しい御者を雇ったのが、失敗だったようだ。国境近くまで行くのが面倒で貧民街の馴染みの修道院に預けたらしい」


 薄く笑うとミハイルはブランデーをとぽとぽとグラスに注ぐ。ここには今夜、彼ら兄弟しかいない。使用人達はみな下がらせた。


「夫人が隣国までのつなぎだと言ってケイトを騙して修道院に入れようとしたんだ。持参金もなしにね。つまり彼女は貴族の娘としての扱いは受けない。なんの因果か、捨てられたんだよ、実の親に。あそこの使用人は口が軽くて助かる」

「役人に突き出した方がよっぽどいい」

「爵位と領地、金を取り上げられたくなくて必死なのだろ」


 軽快に喋る兄とは対照的にセスは淡々としている。


「爵位については興味はないけれど、落としどころとしては、うちが賠償金と境界線でもめている領地をいくらかもらえればいいんじゃないかな」

「名誉だけは残してやるっていうわけか。ラッシュ家もケイトを出奔させるというのは悪手だったね。まあ、ここからが父上の腕の見せ所だ。次はエイミーか?」


「なるほど、悪手を打たせたくて、兄上は出奔を見逃したのか」

「どのみち、娘を逃がそうとした時点で終わりだろ」


 ミハイルがおどけて言うが、セスは楽しむ気にはなれない。ただ、クレアを害する者を排除するだけだ。


「とりあえずエイミーを放校にするめどはついた。まだ、しつこくクレアの前に現れる。目障りだ。早く片付けなきゃね」


 セスはそう言うと冷えてしまった残りの紅茶を飲み干し、タウンハウスを後にする。兄に泊まって行くように勧められたが、早く寮に帰りたかった。彼はタウンハウスからも十分通えるのに寮を選んだ。


 会えなくてもいい。それでも……少しでも……クレアの近くにいたい。


 その思いが彼の足を寮へと向かわせる。馬車を使わず深夜の月明かり差す石畳の街路を一人歩く。


 己がクレアを愛しているのは分かっている。だがクレアは? 彼女は愛されたがっていた。マクミランへ見せる態度で気付いたときは遅かった。彼女と仲良くなるには、ただ優しい言葉をかけてやればいい。それだけだった。事実、それで彼女は惚れ薬を飲んだセスを好きになったのだ。





(クレアのそれは愛といえるのだろうか。愛ではなく錯覚なのかもしれない。分かっている。それでも構わない。彼女がそばにいさえすれば、この先、全力で彼女を守って行くだけだ。


 だが、もしクレアが気付いてしまったら? 虐げられ続け、傷つけられてきた心が見せるまやかしの愛が冷めてしまったら? 

 皆が彼女に優しく接すれば、彼女の才能が開花すれば、いずれは僕の存在価値も無くなるだろう。優秀なクレア。自分の足で立ち上がれるのならば、誰かに縋る必要はない。


 命を懸けるなど容易いこと、彼女の愛が冷めたその時、僕は本当の裁きを受ける。焦がれるほどに思っても、決して愛されることはなかった……彼女が味わってきた苦しみを身を以て知ることになる)


 ――優しいクレアは、きっと僕を愛するふりをする。僕は多分……それに耐えられない。


 それでも彼女をそばに置きたいと思ってしまうのだろうか……。






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