48 舞踏会で
最初は緊張したが、セスと何度もダンスの練習をしたので、慣れたものだ。だが、二曲ほど続けて踊ると、人の多さと会場の煌びやかさにあてられ、疲れてしまった。しかし、気分は高揚していて、心地の良い疲れだ。
「クレア、誘われても他の男と踊らないでね。特にマクミラン」
にっこり笑うとセスはそう言いおいて、クレアの為に飲み物と軽食を取りに行った。ほっと一息ついていて、テーブルの下でこっそりと足をのばす。
「とっても幸せそうで、羨ましいわ、クレア。どうして、セス様と婚約者だったと打ち明けてくれなかったの」
わざとらしいほど明るく、どこか湿り気を帯びた声に、心臓を鷲掴みされるような恐怖を覚えた。振り返るとエイミーがすぐ後ろに立っている。彼女がどうしてここにいるのだろう。クリスティーンが招待したのだろうか? 藤色のドレスを身に纏い微笑んでいる。
クレアは、エイミーの数々のひどい仕打ちに怒りよりも恐怖を感じるようになっていた。
彼女は怯えるクレアの横に当然のように腰かける。あまりにも堂々とした態度のエイミーの雰囲気に完全に飲まれてしまっていた。
「ねえ、クレア、私、本当にひどい目にあったわ。あなたは信じてくれるわよね? ケイトに騙されたの。ひどいのよ。嫌だと言ったらおどされたの。家族がどうなってもいいのかと。ラッシュ家の不興をかえば、うちは潰れてしまう。従うしかなかったの」
必死でエイミーが言い募る。そうしていると本当の被害者のように見える。
「だから、あなたから、とりなしてくれない? アシュフォード家とクリスティーン様に」
そこでクレアはやっと怒りがふつふつと湧いてきた。
「あんな事をしておいて、どうして私にそんなことが言えるの? クリスティーン様に招待されたの?」
声は弱々しく震えるが、頑張って反論する。
「いいえ、私はこんな者を招待していないわ」
背後から、クリスティーンの冷たい声が響く。横にセスも立っていた。冷たい眼差しで二人はエイミーを凝視する。クレアは本能的にセスの後ろに隠れた。
「ちょっと待ってください。私は……」
「不審者よ。会場からつまみ出して!」
クリスティーンはエイミーの言葉を遮り、従者に命じる。エイミーは喚くことはなかったが、恨みのこもった目をクレアに向けながら、引きずられていった。
「まったく、油断も隙もないわね。申し訳なかったわ。セス様、クレア、うちの舞踏会でこのような不首尾があるだなんて。どうか、この後も楽しんでいって」
クリスティーンが珍しく柔らかい声で謝罪する。そして次の瞬間、怒りに頬を染めた。
「まったく誰がいれたのかしら。入口からは入れないはずよ。テラスから侵入したのね。手引きした者を捕まえてくるわ」
鼻息も荒く去って行く。クリスティーンの耳にはエイミーとクレアの経緯が入っているようだ。
「クレア、大丈夫かい。何もされていない?」
セスのグリーンの瞳の奥に冷たい怒りが見え隠れしてクレアは怯えた。
「君に怒っているわけではないよ。ただ怪我でもしていないかと心配で」
そう言って彼は困ったように眉尻をさげ穏やかに微笑む。優しくクレアの頭に手を置いて撫でる。クレアはどきどきしつつもほっとした。いつもの彼だ。大丈夫。
その後、シンディとジョシュアと合流した。いつものランチのような気楽さで四人がお喋りを楽しんでいると、セスの元へアーサーがやってきた。
「おい、今しがた父から聞いたのだが、ケイトの遺体が、アンゴロ地区の川から上がった」
その知らせにクレアとシンディは震えあがる。特にクレアは学園を退学になったケイトが何をしているのか知らなかったし、知りたいとも思わなかった。
「なんだ。逃げたのか……」
ポツリと横で小さく呟くセスの声を拾ったクレアは目を見開く。
「セス……様?」
「なんでもないよ、クレア。辛いことは忘れてしまおう」
セスの温かい手がクレアの震える小さな手を包み込む。時折……セスがとても遠くに感じることがある。
スラムで亡くなる悲惨さを思い震えているのに、ケイトがいなくなってどこかほっとしている。クレアはそんな自分に強い罪悪感を覚えた。
そして裕福に生まれ育ったケイトが、クレアが育ったドブのような場所で命を落としたことが怖い。
なにがあったの……?




