04
一年前にラッセルが、金で男爵位を買いレイノール男爵家となった。
いくら豪商でも庶民である限り住む場所も建てていい屋敷の規模も決まってしまう。男爵となったいま貴族の住む地区へ移ることができる。
一家は更に大きな家に引っ越すことになる。街はゆったりとした雰囲気で綺麗だ。噴水のある立派な公園も整備され、立派な王立図書館もあった。
十一歳になったジャニスは、来年学校に通うことになる。クレアは羨ましかった。ジャニスは勉強が大嫌いなのに、それでも学校へ行くことができる。
クレアのように使用人に馬鹿にされたり、苛められたりしない。親から愛されているジャニスが羨ましくてたまらなかった。愛されるってどんな気持ちがするのだろう。
そんなある日、レイノール家に貴族から縁組の話が来た。相手はアシュフォード伯爵家嫡男セス。
アシュフォード家は由緒正しき名家である。本来ならば、庶民上がりのレイノール家との縁談などありえない。しかし、昨年、伯爵家の領地で飢饉があり、立て直すこともままならず財政が急速にひっ迫していたのだ。
急遽、レイノール男爵となったラッセルが娘の縁組と引き換えに援助をすることになったのだ。ラッセルは貴族とのパイプが欲しかった。彼らは高値なものを買ってくれる良い顧客だ。願ってもない縁組だった。
ジャニスは大喜びだ。貴族のしかも伯爵家に嫁ぐことが出来るのだから。クレアには伯爵がどんなものか想像もつかなかった。そうなると羨ましいと思うよりも世界が違うと感じる。
いよいよ伯爵家令息とジャニスの顔合わせとなった。その日クレアは朝から休む間もなく働いた。買い物に掃除洗濯、テレジアの指示が多く、やることはいっぱいだ。
クレアはテーブルのセッティングや給仕はやらせてもらえないので支度が終わると屋根裏部屋へ連れていかれた。
「今日は大切なお客様がくるの。お前はみすぼらしいから、絶対にお客様の目に触れないようになさい」
テレジアはそういって、屋根裏部屋に鍵をかけてクレアを閉じ込めた。
「あんたはみっともないから絶対に出てこないで。伯爵様の前に顔を出すようなことがあれば、この家から追い出すわよ。」
ジャニスはそう言って扉の向こうで笑う。伝え聞いたことによると伯爵令息のセスは天使のように美しい十一歳の男の子らしい。住む世界の違うのはわかっているが、ちらっとでも見てみたかったなとクレアは思った。
部屋でしばらく読めもしない本のページを繰っているとノックの音がした。
返事をすると屋根裏のドアの鍵がガチャリと開けられた。この家の執事とメイド頭が部屋へ入ってきた。
彼らがここまで上がって来るのは初めてだ。