44 贖罪2
「毒だと思ってあれを飲んだのですか?」
クレアの声が震える。
「大丈夫だよ。僕はある程度毒に対して耐性がある。だから、僕が飲んでしまえば、大した問題にはならないと思ったんだ。実際には滑稽なことになってしまって、笑ったけれどね」
セスが柔らかく微笑む。
「私は、とんでもないことをしました。訴え出てください。それでなければ、自首します。私は罪を償わなくてはなりません」
クレアは震えながらもきっぱりと言い切った。
「クレア、君の立場であれば、それがたとえ惚れ薬だったとしても、上手く助命を請わなくては死罪だよ」
彼女は決意を込めて頷く。セスを死なせるところだったのだ。別にどうなろうと構わない。覚悟はできていた。ただ、それで自分の罪が償えるかどうかは分からない。
「クレア」
セスはそっとクレアの手を握る。やせ細っていて痛々しかった。もう少し食べさせなくてはと思う反面、彼女が自分の為にここまで思いつめていたかと思うと、不謹慎だとは分かっていても、いびつな幸福感が湧き上がってくる。
「セス様、申し訳ありません。あなたは本当はケイト様と結婚するはずだったのですよね。そこに私が割り込んでしまったから、こんなことに」
セスの幸福感は一瞬にして吹き飛んだ。冷たい、怒りがじわりと広がる。
「クレア、それはどういう事?」
「あの……そのような噂を聞きました」
「また、エイミーかい? そんな事実はないし、ケイトのラッシュ家とは領土の境界線で代々もめている」
冷たく凍えるようなエメラルドグリーンの瞳にクレアは戸惑った。
「そんなに怯えないでクレア、僕は君に謝らなくてはならない」
「え?」
彼にはもう何度も謝られている。
「ずっと辛く当たって、済まなかった」
ぎゅっと力を込めてクレアの手を握る。温かい。
「知らなかったんだ。虐げられ続けて、微笑む事も知らない子がいるなんて。レイノール家のサロンで初めて君に会った日、目が合った。とても印象的で美しい瞳をしていると思ったんだ。
だけど君は僕を見て俯いて、ずっとこわばった表情で震えていた。拒絶されたと思い込んでしまったんだ。プライドばかり高く、金のない貴族に身売りされると思っているんじゃないかと、君に軽蔑されているのかと。
そのあと、君に花を贈り、手紙を書いた。僕なりに君に好かれようと思ったんだ。それでも返事がなくてタウンハウスにお茶に何度か誘った。いつもなしのつぶてでね」
「そんな……。私は……」
クレアの瞳が驚愕に見開かれ、首をふる。セスはわかっているというに頷く。
「入学式の日、時がたち、君の心も変わっているのではないかと、少し期待していた。君は蒼白でガタガタと震えながら挨拶に来た。やはり、僕が嫌でたまらないのかと思ってしまったんだ。君に一言聞けば良かったと今では後悔している。婚約を破棄されて、レイノール家から追い出されるのかと不安でたまらなかったんだね。そして、君は笑い方を知らなかった。今は申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
「そんな、謝らないでください。私は身分も卑しく、捨てられて孤児院で育ちました。あなたの妻になれるような人間ではありません」
「クレア、それは違うよ。どんなにひどい環境でも君はまっすぐに育った。卑しくなんかない。君が行方不明になったときに、僕は君が育った街を訪ねてみた。もしかしたら、学園が辛くて逃げ出したんじゃないかと思って。
だが、それが大きな勘違いだと気づいた。あそこは若い娘が生きていける街ではない。クレアはとても過酷な環境で生きてきたんだね。君はなにも悪くない。選べなかったのだから」
彼の前では零さないと決めていたのに、涙があふれる。
「同じクラスになれて君が誇らしくて嬉しくて仲良くしたかったから、ジョシュアに呼びだしてもらったのに、緊張のあまり不安になる君の様子を誤解して、僕に関わるなだなんてひどい憎まれ口を叩いたこともあった。
それから、マクミランには笑顔を見せる君が、妬ましくて、ダンスで転ばせるなど紳士としてあるまじき、あさましい真似をした。僕とダンスで組まされると聞いたときの君の顔は絶望したように蒼白だったから。
そのうち周りも僕が婚約を公表したくないのでは勘違いしだして、君にとても辛い思いをさせてしまった」
苦しみから悲しみに気持ちは移り変わり、それからクレアの心臓がどきどきと早鐘を打ち始める。彼は、仲良くしたくて、妬ましくて、と言った。血が流れるような辛い思いで、心の奥底に無理矢理押し込めた彼への思いが、ふつふつと湧いてくる。
「クレア、俯かないで、僕を見て」
クレアは涙にぬれた目を上げる。まっすぐなセスの眼差し。
「ありがとう、クレア。目を合わせてくれて。初めから君とはこうして付き合えば良かった。とても臆病で優しいクレア。
僕は、たぶん初めて会った時から、君が好きだったんだ。惚れ薬のあの熱で浮かされるような高揚感もなかなか楽しかったよ」
セスはそう言って眩しい笑顔を浮かべた。




