表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/68

43 贖罪1

 闇に沈んだクレアの意識が浮上したとき、その目に映ったものは見知らぬ天井だった。


「クレア、クレア、気が付いたんだね」


(誰……?)


「良かった。無事で」

「……ミハイル様」


 クレアは一連の出来事を思い出し、起き上がろうとするが上手く力が入らない。


「クレア、駄目だよ。動いてはいけない。君は一週間目覚めなかったんだ。回復師の力を借りて命をつないでいたんだよ」

「セス様が、私のせいでセス様が!」


 うわ言のようにつぶやくと、クレアはそれでも立ち上がろうとする。ミハイルが優しくクレアを抑えつけた。最近になって、少しふっくらとした体が、すっかりやせ細り痛々しい。


「クレア、落ちついて、セスなら、大丈夫だよ。一命はとりとめた」

「本当に?」

「ああ、本当に大丈夫だ。今は傷に障るから動けないだけで、あと二週間すれば、セスは学校に通えるようになるよ」


 クレアの瞳から、熱い雫が零れる。


「よかった。……本当に無事で良かった」


「クレアは自分の事よりセスが大事なんだね。私の弟は婚約者にこんなに思われて幸せだ」


 ミハイルが温かい眼差しでクレアを見つめた。





 クレアがいたのは、アシュフォード家のタウンハウスだった。一週間後、多少のふらつきを残しながらもクレアは、セスの部屋へ赴いた。

 彼はまだベッドに臥せっている。


「セス様……」


 久しぶりに彼の顔をみる。無事な姿を見て、涙が溢れそうになったがぐっと堪えた。彼はげっそりとしていたが、顔色は良いようだ。少なくとも頬に赤みがさしている。


「クレア、無事で良かった」


 クレアは弱々しく首を振る。


「私なんて大したことないです」

「何を言っているんだ。君は魔力暴走を起こしたんだよ。兄の護符がなかったら、今頃どうなっていたか。虚ろになって、二度と目覚めなかったも知れないのに」


 セスの表情が曇る。クレアはゆっくりとセスのそばに寄り、ベッドの横に跪く。


「お体に障りがなければ、私の話を聞いて頂けますか」


 クレアは、洗いざらい白状した。魔導書の事も、自分が誤って彼に惚れ薬を盛ってしまったことも。どのみちクレアは、子供の頃、道端で拾われなければ、野垂れ死にしていた身だ。今更、牢につながれようが、どうでも良かった。

 セスが幸せになるのなら。彼がどこかで生きているのなら。


 十一歳の時、出会った天使のように綺麗な男の子。彼が自分を好きになってくれるわけはないと、分かっていた。彼にとっては悪夢かもしれないが、ひと時見た素敵な夢を胸に、残りの人生を過ごせばいい。

 クレアの見た夢の代償は大き過ぎて、もう少しで彼を死に追いやってしまうところだった。


 もしも、また、アシュフォードの領地で流れる星を目にすることがあるならなば、今度は彼の幸せだけを願おう。





 クレアは全てを話し終えた。


「クレアはどうして、マクミランに薬を盛ろうとしたの?」


 そう言って、セスは「ふふふ」と笑う。


「少し、妬けるな」

「それは、セス様にまだ薬が効いているからです」

「ああ、そうだね。初めの三ケ月はね」

「え?」


 セスが少し体を起こす。クレアは慌てて彼を支えた。


「僕は大丈夫。君はいつまでそんなところに跪いているの。椅子に座って」


 初めの三ケ月……。


 クレアは素直に指示に従い椅子に腰かける。


「その三ケ月だって、完璧じゃない。一日に数分間、正気に戻る時間があるんだ。それが次第に長くなっていった。ある日突然冷めるものではない」

「それならば……なぜ?」


 胸の動悸が止まらない。


「図書館で一緒に勉強をしたときの事を覚えている? 僕はあのとき、ほんの数分、正気に戻ったんだ。つい君を叱ってしまってね。すると君は僕に怯えて、口を閉ざした。その時、きっと惚れ薬が切れた僕とは素直に話してくれないと思ったんだ」


 正気に戻っていた時間があったのに、随分前から気付いていたはずなのに、彼は一度もクレアを責めなかった。


「僕は目が良くてね。あの日、カフェテラスで、君がお茶を注いだカップに小瓶から何かを入れたのが見えたんだ。マクミランの噂は聞いていたから、毒なら大変だと思ってね」


 彼はなんでもないことのようにそう言ってクスリと笑う。 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ