42 脆きもの
R15 残酷な描写あり、苦手な方はUターンを。正月にそぐわない内容です。
今では使われていない古い講堂は内緒の話や逢引きに利用されていると聞いている。
クレアはドキドキしながら、三時の訪れを待ち、講堂の裏へ向かう。
(シンディとエイミーは仲良くできるかしら。そうなれば、素敵なのに)
シンディがエイミーのことを悪く言ったのは一回だけ。クレアに謝るためだった。もしかしたら、どこかで行き違っていたのかもしれない。誤解が降り積もり嫌悪感につながることはよくあることだと、クレアは自分に言い聞かせた。
講堂の裏に着くと誰もいない。早かったのだろうかと落ち着かない気分になる。
「クレア様。来てくれたのね。嬉しい」
エイミーが後ろからクレアに飛びついてきた。彼女の歓迎ぶりに面食らう。
「ええ、もちろんよ。約束したもの。それで話というのは」
「あら、嘘みたい。あなたの言ったことは本当だったのね、エイミー」
その声は別の方から聞こえてきた。振り返ると艶やかな笑みを浮かべたケイトと数人の令嬢が立っている。このメンバーには見覚えがあった。ピクニックへ行ったメンバーだ。クレアを森に置き去りにした……。
あっという間にクレアは、エイミーを中心とした三人に、ケイトに体を向けるように体を抑えつけられる。
「どうして……エイミー様、なぜ」
クレアの声が震える。やっと人を信じようと思っていたのに、目の前が真っ暗になるような気がした。これから何が起こるのだろう。
「ふふふ、馬鹿な子。本当に来るとは思わなかったわ。エイミーお手柄よ」
示し合わせたように四人は笑う。エイミーは脅されたのではなく、自らの意思でクレアを騙したのだと確信した。ショックで上手くしゃべることもままならない。
これは罰なのだろうか? セスに惚れ薬を飲ませ、周りを欺いた。きっと、皆がクレアに優しくなったのは、セスに認められたからだ。そうでなければ、シンディと友達になることもなかったし、アシュフォード家の人たちもあれほど温かくはもてなしてくれなかっただろう。
私の周りはすべてがまやかし、真実として存在するのは、悪意。ただそれだけ。
ケイトは氷のような微笑を浮かべ、講堂の窓に手を入れ、内側からガラスを割る。ガシャリと大きな音が響き外に飛び散るガラス。ケイトの手から一筋の血が流れた。なぜ、そんなまねをするの? 尋常ではない彼女の行動にクレアは怯える。
「これはね。古い講堂で起こった悲しい事故なのよ」
ケイトが大きく尖ったガラスの欠片を握り、クレアに一歩また一歩と近づいてくる。クレアの目が驚愕に見開かれた。押さえつけられていて体が動かない。
「私は、突然割れたガラスからあなたを守ろうとする。それでも、私はあなたを守り切れなくて。ふふふ、クレア、死んじゃうかもね」
そう言うと彼女はガラスの切っ先を振り上げクレアに勢いよく迫る。
――やはり、私はいらない子なんだ。
「クレア!」
彼女を呼ぶ声、クレアはエイミーたちと共に横に突き飛ばされた。セスがケイトを押さえつける。
「……セス様」
助けに来てくれた。クレアの瞳に涙が浮かぶ。絶望で冷えた体に血が通い始める。いまだに恐怖に震える足を引きずり、彼の傍らに寄った。
しかし、それも束の間、目の前でぽたりと一滴の血が落ちた。それが、ぽたぽたと止まらない。
セスが崩れ落ちるように膝をつく。腹に大きなガラス片が刺さっていた。止まらない赤い血はやがて血だまりを作る。
少女たちが悲鳴を上げた。それと同時に止まったかに見えた時間が流れ始める。
クレアの心に絶望が広がり、やがて、それは、どこまでも純粋な闇に塗りつぶされた。
――許さない。私は、あなた達を絶対に許さない。
どす黒い憎悪が湧き上がる。絶望の中にあってクレアの心が高揚した。
ふわりと彼女の周りに風がおこる。それは、威力を増し、逃げる少女たちをとらえる。
講堂のガラスがガシャリガシャリと音を立て、次々に割れていく。クレアの巻き起こす風にあおられ、逃げ行くケイトを傷つける。そしてガラス片はクレアの体をも傷つけた。
――あなたは、存在してはいけないのよ。私と一緒に消えましょう……。
その時、ほとんど熱の残っていない冷たい手がクレアを掴む。
「駄目だ。クレア……人を傷つけてはだめだ」
そういうとセスは力を振り絞り、体を起こす。血まみれの手で彼女を抱きしめる。
「こんな……くだらない者たちの為に、君の手を汚してはいけない」
蒼白の彼が、言葉を紡ぐ。クレアの身に着けたペンダントの護符が淡い光を放ち、ふうわりと浮き上がる。カシャンと儚い音を立てると青い石が砕け散った。
彼をこんな目に遭わせたのは私だ。私のせいだ。
どうして愛されようなどと考えてしまったのだろう。
愚かな私は過ちを犯した。
もう取り返しはつかない。
私を愛さなくていいから、二度と愛さなくていいから、どうか生きて……。
クレアの意識は闇に沈んだ。




