41 新しい環境
それから一年の月日が過ぎた。
アシュフォード家は無事レイノールへの借金を払い終わり、いまクレアの学費を負担しているのはアシュフォード家だ。レイノール家からの送金も止まり、使いの者も来なくなった。
惚れ薬の効果が切れることなく、クレアはセスに愛され続け、彼の家族に大切にされた。少ないながらも友達ができ、順風満帆な生活を送っている。ケイトは苛めてこないし、エイミーに至っては姿を見ることもほとんどない。
クレアの実家であるレイノールは沈黙していた。最近ではお叱りやお小言の手紙すら来ない。不思議に思ったが、セスには聞きづらかった。レイノールを嫌っているようだ。おそらく彼は、クレアがひどい虐待を受けていたことに気付いている。
惚れ薬の効果が切れたら、レイノール家への嫌悪が自分へも向くのだろうか。きっと嫌われる。考えないようにしているのに。不安が頭をかすめる。
薬の効果は一年から三年とあった。まるで不定期刑のようだ。
そしてクレアを賭けの対象にしていたマクミランは、賭けが終わった今でもなぜかクレアに親切にしてくれる。生徒会のクレアの任期は終わったけれど、図書館で会うと何かと話しかけてきた。もちろん、セスはいい顔をしない。
四年生になると必死に勉強した甲斐があり、セスと一年ぶりに同じクラスになった。二人はそのことを喜んだ。彼の成績は二年からずっとトップでもう王宮から声がかかっている。
クレアは、相変わらず地味な調合の勉強を続けていた。今年度はセスに「クレアは回復師に向いているのではないか」と言われて、そちらの授業も取り始める。
なぜ習っていない回復魔法を彼が使えるのか不思議に思い、聞いてみたことがある。狩に行くのに必要なのだと言っていた。貴族にはそういう付き合いもあるらしい。クレアも学園のまとまった休みにはアシュフォード領に行き少しずつ勉強している。
ある昼下がり、クレアが珍しく一人カフェテラスで本を読みながら茶を飲んでいると、エイミーが声をかけてきた。
そう、最近、彼女はまたクレアに声をかけるようになっていたのだ。エイミーにはいろいろ疑惑があるのであまり付き合いたくはないが、無視するわけにもいかない。厄介なことに同じ男爵家でもエイミーの方が格上だ。クレアもこの学園に慣れ、序列というものが細かくあると知った。もちろんこの学園にいる貴族の中ではクレアが一番下だ。
しかし、相変わらず彼女は人当たりがよく弁舌爽やかで、とても嘘を吐いていたとは思えない。
「クレア様、あのね。実は私、あなたに謝りたいと思って」
エイミーが神妙な面持ちで切り出す。
「え?」
クレアは少し不審なものを感じた。なにを今更……。するとエイミーが涙ぐむ。
「ごめんなさい! 私ケイト様に命令されて逆らえなかったの」
「……」
「あなた、最近シンディといるわよね。彼女、私のことよく言わないでしょ? それが辛くて。この学園には序列があるって分かるでしょ。私の父はケイト様の部下なのよ。だから、脅されて」
クレアの頭は混乱した。エイミーはとてもつらそうな表情を浮かべ、その声は震え、頬に涙がつたう。思わずハンカチを差し出した。彼女は丁寧に頭を下げてそれを受け取ると涙をおさえた。
「それでね。あなたに事情を説明したいの。だから、三時に講堂の裏に来てくれる? 新しい方ではなく古い方ね。本当に言い訳でしかないのだけれど。このままあなたに誤解されたままでは辛くて……。図々しいお願いなのは分かっているわ。話を聞いてほしいの。それであなたとの友情が復活するとは思っていないけれど」
そう言うとエイミーはふっと寂し気に笑う。クレアの迷いは消えた。話だけでも聞いてみよう。セスの時のように黙っていては相手の真意は分からない。怖いから、傷つきたくないから、嫌われたくないから、そんな理由で人間関係から逃げだすことはやめようと思った。




