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40 広がる視野5 アシュフォード家

 あっという間に滞在五日目を迎える。その間セスに一度城を案内してもらった。古い城にはいろいろからくりがあり、見学はちょっとした冒険のようで、楽しいひと時を過ごす。


 部屋で静かに刺繍をしていると、ノックの音が響いた。返事をするとメイド達が静々と入ってくる。


「お着替えの時間でございます」


 いよいよだ。クレアの心臓は緊張で早鐘をうつ。ここに着いて二日目の晩、セスがある告白をした。


「クレア、これを言ってしまうと君が来てくれないんじゃないかと思って黙っていたんだけど。祭りの開催時に、領主の挨拶があるんだ。その時に君を僕の婚約者として父が紹介する。君は僕と前に進み出て、微笑んで淑女の礼をするだけでいいから」


 セスに懇願されたが、クレアは震えあがり帰りたくなった。人前で注目されるのは苦手だ。


 しかし、それはセスの言う通りアシュフォード家はやはりクレアを望んでいてくれているということだ。ミレーユからはセスが18歳で成人したら、すぐに結婚して欲しいと言われていた。


 本当にアシュフォード家は彼女を温かく迎え入れてくれる。プライドが高いなどと口さがない者達の噂話を鵜呑みにしてきた自分が恥ずかしい。貴族でもこういう人たちもいるのだ。そういえば、シンディもジョシュアも気さくで付き合いやすい。


 アシュフォード家で用意してくれた清楚で美しいドレスに身を包み、セスに手を引かれ、バルコニーに進み出ると、領民の万雷の拍手が待っていた。





 今年の祭りは三日続く、クレアはセスに誘われ、お忍びで町に出て祭りの屋台を冷やかした。祭りなど初めての経験だ。学園祭も華やかだったが、ここのは規模が違う。


 クレアはワンピースで、セスはトラウザーズにシャツと簡素な服装だ。彼はクレアと違い顔も知られていて、品もある。バレないのかと心配になった。


「大丈夫だよ。結構気付かないものだ。それにもし気付いたとしてもみな見ないふりをしてくれる」


 クレアはそこで東方の国から来た行商人が売っていた髪飾りをセスに買ってもらった。彼からのプレゼントは初めてだ。嬉しかったので、その場でつける。

 とても似合うと言ってセスが褒めてくれた。

 人込みは苦手なはずなのに心が浮き立つ。祭りの活気がこんなに心地よいものだとは知らなかった。


 

 

「クレア、足元に気を付けて」


 セスがランプを持つ。クレアはその夜、城の屋上に誘われ、初めてここまで上ってきた。祭りで賑わう町の灯りが一望できる。


「綺麗!」

  

 クレアが珍しく歓声を上げる。


「ふふふ、これからもっと素敵なショーが始まるよ」


 そのときふっと町の灯りが一斉に消えた。


「どうしたの? 何があったの?」


 不安に駆られてセスを振り返る。彼がクレアを安心させるように柔らかく微笑み、ランプの灯りを消す。


「クレア、大丈夫。空を見てごらん」


 それは一つの流れ星とともに唐突に始まった。夜空から、星が降り注ぐ。クレアはその美しさと迫力に言葉を失う。


「この祭りはね。流星の到来に合わせて開催されるんだ。君にこれを見せたかった。祈りをささげると願いが叶うと言われている」


 暗闇に静かに響く温かい声が耳朶に心地よい。


 

 どうか、この幸せを誰も壊さないで……。

 もう少しだけ……あなたから差し出された手に、縋らせてください。

 私のまやかしの希望の光、生きる糧。


 己の祈りに、ちくりと胸が痛む。



 

 次の日、アシュフォード家は皆祭りの後片付けに忙しかった。クレアも手伝いを申し出でたが、のんびりしている様に言われ、一人静かに図書室で勉強する。

 

 お茶の時間はアシュフォード夫人と二人で過ごす。彼女はクレアにレース編みを教えた。学校でのクレアやセスの様子をさり気なく聞いてくる。それは決して踏み込み過ぎず、心地の良いものだった。


「ねえ、クレア、セスは少し気性の激しいところがあるの。これからもどうか宜しくね。近頃とても明るくなったのよ」


 嬉しそうに言うミレーユ。セスの気性が激しいと思ったことはなかったが、この間ミハイルも少し気難しいところがあると言っていた。

 実際に、彼の世話になっているのはクレアの方で、惚れ薬を飲んでからの彼は常に上機嫌だ。だからクレアはセスのそういう一面を知らない。





 いよいよ、城を立つ日が来た。ミハイルがクレアに包みを渡す。


「これは私が作った護符だよ。身に着けていて欲しいな」


 クレアは促されて包を開けると、小ぶりなブルーのペンダントトップのついたネックレスが出てきた。


「兄上は魔道具作りの天才なんだよ」


 それは初耳だ。てっきり、どこかで、のんびりと療養でもしているのかと思っていた。


「療養の傍ら、作っているだけだよ」

「そんなこと言って、結構儲けているじゃないか」


 セスとミハイルは仲がいい。兄と話しているセスはいつもより幼く見える。


「ん、でもこの護符、クレアにはどうかな? 彼女には必要ない気がする」


「そんなことはないだろう。この先何があるか分からない」


 セスのつぶやきを受けてミハイルが言う。クレアはありがたく受けとった。

 

「クレア、それは護符だから、服の下に身に着けた方がいい」


 それでは美しい石が隠れてしまいもったいない気がしたが、ミハイルの忠告に素直に従った。

 

 いよいよ、別れとなり、クレアとミレーユは涙ぐむ。


「大袈裟だな。長期休暇に入ったらまた来るから」


 いつの間にかクレアも一緒に来ることに決まっていた。まだ、粗相して嫌われないかと心配だし、緊張感もあるが、歓迎されているのは素直に嬉しい。


 クレアは別れを惜しみ馬車から手をふり、セスとともに一路王都へ向かった。


(この旅で、彼に惚れ薬を飲ませてしまったことを……本当のことを言おうと思っていたのに。幾度もチャンスはあったのに)

 


 薬が切れてしまったら……怖い。


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