03
それから三年の月日が過ぎた。
「クレア、私のコルセット知らない?見当たらないのだけれど」
豪華な調度品で埋め尽くされたこの家の長女ジャニスの部屋を掃除しているところだった。彼女のクローゼットには流行のドレスが沢山ある。ジュエリーケースの中で美しい飾りがキラキラと輝いていた。
しばらく探してみたが見当たらない。ジャニスは服をしまうことすらしないのだ。
「分かりません」
クレアはびくびくしなら返事をする。ジャニスは癇癪もちで、いきなり怒鳴りつけたり、ものを投げつけたりするから怖い。
「ほんとあんたって使えないわね。私これから友達のお家のお茶会に行くの。準備するから邪魔よ。掃除なら後にして、ほんと気が利かないわね」
本来ならば、クレアもこの家の令嬢という事になるのだが、今は使用人として過ごしている。
最初は家族と同じ食卓についていたのだが、義理の母親テレジアがクレアの礼儀がなっていないので、ジャニスの教育上良くないと言い出し、食堂から追いやられた。そして次第にクレアは家族から締め出されていった。徐々に居場所をなくしていき、今は屋根裏部屋が彼女の安息の場所だ。
後になって聞いた話だが、母エリザは元々レイノール家の使用人だったという。クレアを身ごもり、ラッセルの愛人として一時期この屋敷で一緒に暮らしていた。しかし、つねづね邪魔に思っていた正妻テレジアにクレアともども追い出されたのだ。
古くからいた使用人はエリザを覚えていて、とても嫌っていた。だらしのない女の娘と陰でいわれ続け、クレアは来た時同様、三年たつ今でもこの屋敷で一人孤立している。
そして、実父のラッセルはクレアに全く興味を持たなかった。広い屋敷の中で彼らが顔を合わせることは、ほとんどない。
しかし、寒さと飢えと背中合わせで生きてきたクレアには、残り物でもご飯が食べられる、それだけでありがたかった。
最初はとても期待してしまって、そのぶん気落ちしたが、気付けば前よりも良い生活をしている。今の生活には満足していた。
それに、この家にもいいところはあるのだ。眠るときに温かい毛布がある。
孤児院では薄い布一枚で震えていた。今はシーツも服も自分も洗えるし、穴があいた靴下も針と糸があるので繕える。体もきちんと拭いているし、もう薄汚いとは言われない。
この家に来た当初、クレアは文字を教わった。商家の子供が読み書きをできないのは恥ずかしいからとラッセルが家庭教師をつけた。だから、今はすこし字が読める。
ただすぐに勉強させてもらえなくなったので、いまだに本を読むのは難しい。継母のテレジアが「実の母親に似て馬鹿な子供に家庭教師をつけるのはもったいない」と言ってやめさせたのだ。
ラッセルもテレジアもジャニスに本を買い与えたが、彼女はお化粧や流行のドレスにしか興味がない。邪魔だと言って高価な本を次々と捨ててしまう。
クレアはそれを拾って読んだ。わからない言葉がいっぱいあったけれどそれでも慰めにはなった。
捨てられたちびた蝋燭を拾い、仕事が済んだ後、ゆっくりと本に目を通した。孤児院にいたときは一人部屋などなく、自分一人のこんな贅沢な時間は過ごせなかった。