36 広がる視野1
セスの熱に浮かされた様な状態が二月以上続くと、周りはもう奇異な視線を送ってくることは無くなった。他にもカップルはいる。付き合い方はクレアとセスの関係のように似たり寄ったりだ。何も二人だけが、特別なわけではない。
次第に周りの関心は薄れていった。そしてランチの仲間はいつの間にか増えて四人になった。ジョシュアと彼の婚約者シンディ・カシムが加わったのだ。彼らは婚約者であり幼馴染でもあった。
ジョシュアは気さくで親しみやすかったが、シンディとは打ち解けられず少し悲しくなった。彼らはセスのように惚れ薬を飲んでいるわけではないので、そのうち一緒にいてもつまらないクレアが嫌いになるかもしれないと時々悲観的になる。エイミーに裏切られたことで更に臆病になっていた。
クレアは、セスと時間が合わない日はいつも一人質素なランチをとっている。黙々とスープを口に運んでいると、シンディが一人でやってきた。
「クレア様、ここいいかしら」
遠慮がちに聞いてくる。クレアはすこし嬉しかった。シンディはクレアと二人で話すことが嫌なのかと思っていたからだ。しかし、彼女は神妙な面持ちをしている。クレアは何を言われるのかとドキドキした。最近四人で食べているランチへの同席を断られるのかもしれない。
「えっと、その、クレア様、ごめんなさい。私、あなたを誤解していたみたい」
「誤解……ですか?」
意外な話の流れにクレアは目を見開く。
「ええ、そうなの。てっきりケイト達と仲がいいのかと思ってしまって」
むしろ苛められていたので、首を横に振る。確かにケイトはクレアを楽しそうに苛めていた。はたから見ると仲が良さそうに見えたのかもしれない。
「そうよね。おかしいと思ったのよ。クレア様はとても大人しい方だから、彼女たちと合うわけがないと思って」
「ええ、私、あまり面白いお話とかできないから」
クレアが目を伏せる。
「いえ、そういう意味ではなくて、あの……違っていたら、ごめんなさい」
シンディが口ごもる。
「どうぞ」
ドキドキしながら、先を促す。
「あなた、ケイトたちに苛められていたんじゃなくて」
「え、ええ」
予想していなかった質問につい正直に答える。苛めどころか、実際には森に置き去りにされて殺されかけている。
「実は、私も子供の頃、彼女たちといて、少し嫌な思いをしたことがあって」
「まあ、そうだったの」
貴族同士でもそういうことがあるようだ。クレアは意外に思い、シンディが気の毒になった。彼女はおっとりとしたタイプの女の子だ。ケイト達とは合わないのかもしれない。
それに、シンディがケイトたちのグループの子たちと一緒にいるのを見たことはない。セスに紹介されて初めて隣のクラスの彼女を知ったのだ。
「エイミーが、嘘吐きで、昔、とてもひどい目に合わされたわ」
「え?」
ケイトではなくエイミーの話。クレアもテストを白紙で出しても卒業できると永らく騙されていた。
「去年、あなたが、エイミーたちと学園祭を回っているのを見かけたから、てっきり仲が良いのかと思って、私ったら、すっかり警戒してしまったわ」
シンディは柔らかい言葉を選んでいるが、相当彼女たちのことが嫌いなようだ。
ケイトとエイミーは、学校へ入ってから仲良くなったものと思っていたが、実際は以前から付き合いがあったのだ。その事実にクレアは少し切なくなる。
「そう、だったの。あの、でもどうして、私を、その……信用する気になったの? もちろん、とっても嬉しいけれど」
クレアが拙く紡ぎだす言葉に、シンディはくすくすと笑いだした。
「だって、あなたったら、セス様にずっと振り回されっぱなしで、いつもあたふたしてて、とても裏表のある人には見えないわ」
クレアは恥ずかしくなって真っ赤になる。人からも振り回されているように見えるらしい。
「ほら、そうやって、すぐ赤くなるでしょ。かわいい」
シンディが楽しそうに笑う。
「ねえ、クレアって呼んでいい? 私のことはシンディって呼んで」
クレアは嬉しくて何度もこくこくと頷いた。セス以外の人にかわいいと言われたのは初めてだ。




