35 偽りの愛2
「クレア。どうしたんだ! 頬が赤いじゃないか」
「え?」
ケイトのことが全く目に入っていない。その上話も耳に入っていないような態度にクレアは唖然となった。心配そうにクレアの頬にそっと手を触れる。そんなことをされたのは初めてだったので、クレアはかちかちに固まってしまう。彼の触れたところがふわりと温かくなり、痛みが引いて行った。セスはまだ習っていない回復魔法を使うことができるようだ。クレアは、ケイトにぶたれたことも一瞬忘れて驚いた。すごい……。
セスはきっとなってケイトに顔を向けると、詰問する。
「クレアに何かしたのか? 彼女の頬が腫れている」
その鋭い声にケイトがたじろぐ。セスの目が眇められて冷たい光を放つ。
(ダメよ。やめて!)
クレアの心が悲鳴を上げる。即座にセスの前に回り込むと、慌てて身振り手振りで説明する。
「ち、違います。あ、あの、あのですね。私は肌が……そう、肌が弱くて時々こうなるのです」
「は?」
セスが首を傾げる。その間にケイトは慌てて逃げていった。クレアは胸をなでおろす。よくよく考えてみたら、ケイトに怒ってもいいはずだ。ひどいことをされたのに、なぜ庇っているのだろう。自分でも馬鹿みたいだと思った。
するとセスがいきなりクレアの腕を掴んで、ブラウスの袖をまくる。とっさのことで反応できなかった。
「クレア、この傷は?」
レイノール家で虐待を受けていたときの古傷が、セスを止めようと腕を上げたときに見えてしまったのだ。あれほど人目に触れないよう気を付けていたのに。クレアは、慌ててセスの手を振り払い、ブラウスの袖で隠す。
「なんでもないのです!」
セスは口元を引き締めると、ケイトが去った方向へ足早に廊下を行く。
「駄目です。セス様、これは違うのです。古傷です。ケイト様は関係ありません」
クレアはセスを止めようと縋りつく。
「古傷? 何の?」
「あ、いえ、その……子供の頃転んでしまって」
嘘は苦手だ。本当はジャニスに階段から突き落とされた時の傷だった。
「ねえ、クレア、正直に言って。君は苛められていたのか?」
「そ……そんなことないです」
クレアはゆるゆると首を振る。セスが心配だった。前にケイトとセスの家は懇意にしているとエイミーから聞いている。貴族社会は狭いし、付き合いもあるだろう。彼らの関係が壊れると多分まずいのだ。
セスは期間限定で、クレアにほだされている。それが冷めたら、彼の周りは敵だらけだったという事になっていたら大変だ。悔しいけれど、セスの為にも、ラッシュ家とは仲良くやってもらいたい。
今すぐにでも彼に惚れ薬のことを告白すべきなのだろうか。高位貴族に薬を盛ったのだから、ただでは済まない。きっと捕まって牢送りになる。怖い。でも、このままでいいわけがない。薬の効果が切れればすぐにばれることだ。
もとより、彼に復讐したいなどと露ほども思っていなかった。特に彼が馬車で迎えに来てくれてからは……。彼だけが探しに来てくれた。例え婚約者としての責任を果たすためだったとしても、嬉しかったことには変わりはない。捨てられたクレアを拾いに来てくれたのだ。クレアはそうやって幼い頃から、命をつないできた。
間違いとはいえ惚れ薬を飲ませてしまい、あんなに隠したがっていた婚約を暴露させ、真面目で優等生だった彼が、今ではクレアに夢中で熱に浮かされたようになっている。
これでは彼がクレアにしたことと釣り合わない。婚約破棄にされるかもと勝手に思い込んで怯え、定期試験も良い成績をとってはいけないのかと誤解して……。彼に一言聞けばすむことなのに、その勇気がなくてうじうじして、いじけていた。惚れ薬は、いくら何でもやり過ぎだ。
なにより薬の効き目に不穏なものを感じる。何か解毒剤のようなものがあれば……。




