33 変節
「マクミラン、いい加減にしておけよ。婚約者様が出張ってきたんだ。いつものくだらない賭けは止めるんだな」
生徒会室でアーサーがマクミランに軽く注意する。自分の任期のときに面倒なもめ事は嫌だった。
婚約者のいる相手を奪うなど、遊びが過ぎる。やり過ぎだ。下手をすると庶民出身のクレアを窮地に追い詰めてしまう。
セスと婚約破棄となれば、いくら家が金持ちでもあっても学園を去ることになるだろう。彼女の才能を潰すことになる。
アーサーはクレアがいつも手際よく、それでいて丁寧に淹れてくれる茶を気に入っていた。少なくとも彼女が酷い目にあう姿は見たくはない。
「なんだかおかしくないか、セスの奴。今まで自分の婚約者には興味ありませんって顔していたのに」
「さあな。二人の間で何らかのやり取りがあったんだろ。十一歳のころには婚約が内定していたという話だから」
「そういえば、アーサー。君は幼いころから、セスを知っているんだよね。 賭けの噂を流したのか?」
さすがに侯爵家令息のアーサーを賭け仲間のロン・ヘイワード男爵令息のように「お前」呼ばわりをするわけにはいかない。
「正気か、マクミラン。僕はそんなことに関わり合いになりたくはない。それにあれだけ騒いでいれば耳にも入るだろ。
もう、お前の負けだ。しばらく大人しくしておいた方がいい。分かっているだろうが、アシュフォード家はお前の家より家格がはるかに上だ。面倒なことになるぞ」
「そうはいっても一時期は没落寸前と言われていたではないか」
「噂に尾ひれがついたんだろう。貴族は派閥社会なのだから、アシュフォードをよく思わない輩だっている。それにあの家は今は上り調子だ。もう少しすれば勢いを取り戻す」
「それならば、平民も同然のクレアなど、尚更要らないだろう? きっと邪魔になるはずだ。
ぼくが貰ってもいいだろ。
クレアは大人しくて従順だから、きっとプライドの高いアシュフォードの家で苛められる」
アーサーが処置なしというように肩をすくめる。
「あの家はすこし特殊なんだ。婚姻相手に家格の高さを求めない。重要視されるのは魔力の高さだ。最近は中央に出て来ないが、元々は優秀な宮廷魔導士を輩出してきた家だからな」
「尚更、クレアがかわいそうだ。僕ならば、魔力の高さではなく彼女自身を求める」
「賭けの対象としてか? 愛人としてか?」
「もちろん両方だ。クレアは寛容だろうから、僕の遊びも大目に見てくれるだろう。
別に妻に迎えてもいいんだ。だが、うちは相手の家格がそれなりに高くなければ、婚姻の許可はおりない。仕方がないだろう。二代前は男爵家だったんだから」
「うん、なんだか。将来、王宮勤めで出世したセスに、顎で使われるお前の姿が目に映るよ。いい加減にくだらない小遣い稼ぎはやめておけ」
マクミランはアーサーの言葉に小さく舌打ちをする。アーサーはなんだかんだと言いながら、おそらくセスとは結構仲がいい。それにクレアを気に入っている。
クレアはアーサーにこき使われていると思っているだろうが、彼が声を掛けて構うのは気に入った人間だけだ。
マクミランはクレアがケイトに苛められているのに気が付いていた。クレアが孤立する絶好のチャンスだったのに、周りが同調する前にアーサーが気付いて、さり気なく二人が会わないようにカバーしている。余計なことをしてくれた。自分が彼女を守る予定だったのに。
正直セスの変節には驚いた。まるで熱に浮かされたようだ。少し前にセスとクレアを挟んで言い合いになったことを思い出す。
あのときの彼は、拗らせ過ぎてねじ曲がってしまった思慕をクレアに抱いているようにみえた。それに明け透けに本心を語るタイプではない。
セスは綺麗な見た目に反して陰険な奴だとマクミランは思っている。以前の彼は落ち着いてクールな顔を崩さなかった。だから今の浮かれたような陽気な態度は異常だ。
ふと「惚れ薬か?」と頭に浮かんだが、すぐに打ち消す。あれは危険で失われた古の魔術だ。
心の奥底でくすぶる焦れた思いにマクミランはいら立つ。こんな経験は初めてだった。




