30 彼を止めるために、いろいろやってみました
クレアとて、手をこまねいていたわけではない。このままではセスのペースだ。惚れ薬を飲んでしまった方に振りまわされ続けているのもどうかと思う。というか人の視線に慣れない。注目され続け、目立つことに疲れたのだ。だから拒絶してみた。どのみち彼は薬の効果が切れれば離れて行く人だ。
「セス様、私は、一人になりたいのです。放っておいてくれませんか」
クレアは放課後の図書館で、出来るだけ冷たく聞こえるように、内心どきどきしながら言い放つ。セスはしょうがないなと言うように眉尻を下げる。
「分かったよ。クレア、僕もしつこ過ぎた。ジョシュアにも言われたんだ。あまり付きまとうと嫌われるよと」
ジョシュアのナイスなアドバイスにクレアは歓喜した。もっと早く言えばよかったのだ。考えてみれば、惚れ薬を飲んでいる彼には、クレアの嫌がることは出来ないはずだ。きっと……。
「しょうがないな。僕はあちらの席で君を見守っているから、何かあったら、直ぐ呼んでね。ああ、それとも君の目につかない席がいいかな。じゃあ、勉強頑張ってね」
「……」
結果、状況は何も変わらない。彼はクレアが帰り支度を始めると見計らったように現れて寮まで送ってくれた。強烈な効果の惚れ薬に拒絶は効かないことが分かっただけだ。むしろ見張られているとか無理。
今度は化粧室に行くと言って隙を見て逃げ出してみた。彼は紳士なので化粧室の真ん前でクレアを待つなとどいう不躾な真似はしない。
見事成功する。それから、図書館に入り、いつもとは違う3階にある隅の席で、クレアは手紙をしたためた。父ラッセルからのお叱りの手紙に対する返事である。中期テストの結果が悪くて父に学園から連絡が行ってしまったのだ。こんなものをセスの前で書くわけにいかない。歴史ある王立魔法学院の図書館はとても広いのでセスに見つからない自信があった。
せっせっとわび状を書いていると、
「クレア、こんな所にいたのか」
「ひぃ!」
集中しているところへいきなり頭上から降ってきた声に、クレアはびっくりして、壁際に後退る。もうセスに発見されてしまった。彼は探索魔法でも使えるのだろうか? クレアが心臓をばくばくさせていると、彼が無造作にラッセルからの手紙を掴む。許可もなく読み始めた。
「駄目です。セス様、返してください。人の私信を勝手に読んではいけません!」
大丈夫、セスは惚れ薬を飲んでいる。クレアが何を言ったところで嫌いになるはずがない、苛めてくるはずがないと強気に出てみた。我ながら己の小心さが情けなくなる。
「へえ、随分なことを書いてくるんだね、君の御父上は。行方知れずになった君を探しもしなかったのに」
セスの目が眇められ、危険な光を放つ。それと同時にすうっと辺りの温度が下がる。怖い。クレアは本能的に縮こまる。
「これじゃあ、脅しだ。まったく、こんな脅迫状を娘に送るなんて信じられない。
あれ? クレア、どうしたの? 震えてる。寒いのかい?」
(違う。あなたが怖いの)
セスは自分の上着を脱ぎクレアに着せかけ、ふわりと優しく笑う。
「クレア、ごめんね。僕が不甲斐ないから、君に苦労をかけてしまって」
「はい?」
クレアは首を傾げる。不甲斐ない?誇り高い貴族がいったい何を言い出すのだろう。惚れ薬の副作用で、やはりおかしくなってしまったのだろうか。明らかにここのところ彼の様子は変だ。
あの突然ところ構わず発作のように始まるクレアへの詫びもやめて欲しい。彼の高いプライドはどこへ行ってしまったのか。強烈な惚れ薬は本来の性格をも歪めてしまうのだろうか?
しかし、今のセスは先ほどとは打って変わり、いつもの温かい雰囲気だ。もう怖くない。クレアは安心して頭をもたげる。
そんな臆病なクレアに、彼は諭すようにゆっくりと話す。
「あと、半年待ってね。そうすれば僕の家はレイノール家への借金を返し終わるから。以降、君の学費はアシュフォード家が持つことになる。こんな手紙は書かせないよ」
「え?」
クレアは理解が追い付かない。彼が惚れ薬を飲んでしまったのはつい最近だ。
「僕は君を探したなんて、偉そうに言っていたけれど、情けないことに君を探す資金はレイノール家に出してもらったんだ。僕もこれから父と協力して頑張るから、待っていてね」
惚れ薬を飲むずっと前から、セスは、アシュフォード家は、クレアとの婚約を破棄するつもりはなかったのだ。それどころか面倒を見てくれるという。クレアの父も母もいつ破棄になっておかしくないというようなことを言っていたが。
彼の言うことは本当なのだろうか……。
真実はいったいどこにあるのだろう。
クレアはとりあえず、また魔導書を読み直そうと思った。惚れ薬の影響でセスの認識は現実と齟齬が生じているのかもしれない。




