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 放課後、クレアは彼を学舎のカフェテラスに呼び出した。どうしても話したいことがあるとマクミランに手紙を書いたのだ。


 彼は絶対に来ると確信がある。友人との賭けに勝ちたいはずだ。恐れることはない。びくびくすることはない。所詮、底の浅い人間だ。

 

 そう、自分と同じ人間なのだ。何を今まで、怖がっていたのだろう。愛されたくて、びくびくして、臆病になっていた。しかし、彼に愛されることはない。


 彼にとって私は人ではなく賭け道具なのだから。


 馬鹿でみじめなクレア。誰からも愛されないと嘆きながら、いつも心のどこかで、誰かが愛してくるかもしれないと、びくびくと臆病に待つ日々は今日で終止符を打つ。



 マクミランを呼び出せば、噂が立つし、目立つことも分かっている。きっとセスは物凄く怒るだろう。婚約は破棄されるかもしれない。

 しかし、もうどうでも良いことだった。彼だって、クレアがダメならば、他の商家の娘をあたると言っていたではないか。結局、クレアは替えのきく道具なのだ。


 そう、私は誰にとっても道具だ。

 だから、それが分かっていたから邪魔にならないように、役に立つように生きてきた。それなのにいつも捨てられる。


 真実の愛、無償の愛、そんなものきっと幻想。私には必要ない。





 マクミランは時間通りに笑顔でやってきた。他愛もない話をし、二人は微笑み合う。クレアにはもう照れなどない。嘘をつくことの後ろ暗さもない。仄暗い復讐心に突き動かされていた。

 

 いよいよそのタイミングが来た。不思議といつもよりスムーズにしゃべることができる。


「マクミラン様、お茶はいかがですか」

「貰おうか」



 茶を淹れる手が――彼に気に入られたくて愛されたくて――震えることはない。胸が高鳴ることもなく、心はどこまでも冷えて澄み切っている。


「不思議だね。今日のクレアの笑顔はとてもきれいだ。もちろん、いつもきれいだけれど。なぜだかいつもと違うんだ」


 クレアは頬を染めることもなく静かに微笑を返した。二人分の茶を丁寧に注ぎ、素知らぬふりで『惚れ薬』を数滴たらす。彼にそれを差し出そうとしたそのとき、


「クレア、何をやっているんだ」


 セスだ。ものすごく怒って二人のいるテーブルに近づいてくる。この時もクレアの心は慌てることなく落ち着いていた。きっと破談になるだろう。


「おや、セスじゃないか。どうしたんだい? すごい形相をして。とりあえず座ったらどうかな。クレアの淹れてくれるお茶でも飲んで、落ちつこう」


 二人は顔見知りのようだ。マクミランはセスの怒りなど意に介さず落ち着いている。セスは上級生にむやみと逆らうわけにもいかないようで、言われるままに腰かけた。そして彼はあろうことか。目の前のティーカップをとり、口をつける。


「あっ」

「なに?」


 不機嫌にセスが答え、クレアを睨みつける。


「そのお茶は、マクミラン様に淹れたのです」

「へえ、僕のためにはお茶を淹れないってわけ」


 セスの目がすっと細められ、エメラルドグリーンの瞳が冷たく光る。そこだけ急激に温度が下がったようだ。

 マクミランが穏やかに笑ってとりなす。


「セス、僕はかまわない。クレア、そちらのお茶をもらおうか」

「え……」


 仕方なく、マクミランにカップを差し出す。なんとしてもセスが飲むのを阻止しなくては。


「セス様、新しいものを淹れますね」

「僕は別に構わない」


 不愛想にそう言うと彼はいきなりそれをごくごくと飲み干してしまった。クレアは動転して声もでない。いつも品の良い彼が、そんな無作法な真似をするとは思わなかったのだ。じっと見ているとセスに睨みつけられた。


「それで、セス、どうしたんだい? そんなに怒って」


 セスは一瞬言葉につまる。しかし、その後、彼はよどみなく嘘をつく。


「失礼しました。実はクレアと約束していたんです。彼女が休んでいた分のノートを貸すという事で。しかし、いくら待っても来ないから、探していたいんです。そうしてら、僕との約束を忘れて、ここでお茶を飲んでいたのを見て、すっかり腹が立ってしまったのです」


 クレアは激しい不安に駆られながら、セスの様子を窺っていたが、彼は何ら変わりない。クレアに熱い視線を送ってくることもなければ、頬が上気してくることもない。


「そういえば、君の家の領地はここ数年大変なんだそうだね。なんでも商人から金を借りたとか……。うちは気候が安定していて良かったよ」

「ええ、シュミット領は風光明媚で素晴らしい景観だと聞いています。羨ましい限りです。

 ですが、家も山は越えました。今は緩やかに回復していますよ」


 マクミランに対して、セスは先ほどの怒りなど微塵も感じさせない笑顔を浮かべる。


「そう。それは良かった。てっきり、金目的でその商人の娘と縁談でも決めたかと思っていたよ。プライドの高い君のことだ。その娘さんを苛めたりしたら、などといらぬ心配をしてしまう。

 貴族に嫁いできた平民は、たいてい冷遇されるからね。気立てのよいお嬢さんだったりしたら大変だ」


 そう言ってマクミランが、チラリとクレアに視線をくれる。しかし、クレアはそれどころではない。ひたすらセスの様子を注視した。


「ご心配どうも。うちは領土も広いので、抱えている領民も多い。彼らを飢えさせるわけにはいきませんからね。

 こんなとき、シュミット家のようにこじんまりした領だとたいした打撃もないのでしょうね。家計はほとんど宮廷への出仕で賄われているようですし。まあ、領土も広さもうちの四分の一ですし。それは致し方ないことですね。収益もたかが知れているだろうしね。ふふふ、領地経営が楽で羨ましい」

「ははは」

 マクミランが乾いた笑みを浮かべる。


 クレアには彼らの話の内容など耳に入っていない。ただ、談笑している様に見えている。横でセスの様子に神経を張りつめて観察し、時おり相槌を打つのが精いっぱいだった。

 

 彼らが笑顔でマウントの取り合いかつ、嫌味の応酬をしているなど気づきもしない。さらに腹に一物あるとはいえ、水面下でクレアの取り合いを始めている。鈍感なクレアには、それが分からない。

 彼女が気になるのは薬の効き目だけ。

 

 その後、何事もなかったかのように別れの挨拶をし、マクミランとセスはそれぞれの寮へ戻って行く。クレアは呆然として彼らを見送った。


  薬の効き目は……。

 

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[気になる点] 最初から好きだった場合は惚れ薬きかないとかあるかな...?
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