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「クレアは一ケ月以上いなかったのだから、あと三ケ月待てよ」
(マクミラン様の声、いったい、何の話……)
聞くのが怖いのに、その場から離れられない。
「しかたないな。君にしては落とすのに時間がかかっているな」
「しょうがないだろう。奥手ですごく警戒心が強いんだ。心をなかなか開かない。孤立しているようだから結構あっさり落ちると思っていたんだけど。ちょっといままでの子とタイプが違う。出会ったことがない」
「よし、俺が勝ったら、君のうちの湖畔の別荘をひと月貸してくれよ」
「ふん、お前が勝つことはないよ。しっかり金を用意して待っていろ。クレアみたいなタイプは愛情に飢えている。もう少しやさしい言葉をかけてやれば、じき落ちるさ」
クレアは耳を疑った。彼女は賭けの対象にされていたのだ。マクミランのやさしさは全部嘘。膝ががくがくと震えた。
「そうはいっても随分時間がかかっているじゃないか?どうせ、落とした後ですぐ捨てるんだろ?」
「それは考え中だ。クレアは最近綺麗になってきた。もともと顔だちはいい。ただ痩せすぎているだけだ。彼女はもっと美人になるよ。
だから、愛人にする。クレアの父親は商人で、やり手だそうだ。いい顧客を紹介すると言えば、すぐに娘をくれるだろう。愛人も手に入れて金も儲けられる」
「ちゃっかりしているなあ。だったら、そんなまどろっこしいことしないで、今、その父親から買い取ればいいじゃないか」
「それじゃあ、賭けが成立しないだろう? それに彼女、婚約者がいるんだ。だから、あっちの方から積極的に来てもらわなくちゃ、そうじゃないとうちが慰謝料を払うことになってしまうよ。まあ、順調に僕との噂が広まれば、じきにそっちは破談になるな。何せ、あいつはプライドの高い奴だから」
「え、婚約者がいるのか? 誰だ? というか噂を広げるという方法はずるくないか? 破談になれば、クレアだって簡単にお前に傾くじゃないか」
視界がぐらりと歪む。もう彼らの会話が耳に入ることはなかった。誰も信じられない。
どこをどうやって自分の部屋に戻ったのか分からない。気づけば、あの魔導書を開いていた。
それから、彼女はしばらく授業を休んだ。部屋から怖くて出られない。周りに人がいる環境に耐えられなかった。人の声すら聞くのが嫌だ。
ぼろぼろになって目覚めたある日、彼女は一つの決心をする。
調合教師のジェラルドに勉強がすっかり遅れてしまったから、調合室を借りて勉強したいと頼み込んだ。今までそんな図々しいことはしたことがなかった。人にお願いなどしたことがない。
しかし、今はいくらでも大胆になれた。すらすらと嘘がつける。彼女は惚れ薬を作ることにしたのだ。
マクミランに自分を愛してもらうために。
そして、その愛に絶対に応えない。焦がれればいい、苦しめばいい、人に愛されないことがどれほど辛いか。身を持って味わうがいい。
私は、絶対にあなたを許さない。
愛されないことの辛さを思い知れ。




