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セスと馬車の中で話したのが、嘘のように感じる。関係は以前のままだ。彼がクレアを顧みることはない。少し期待していた。声をかけてくれるのではないかと……。
その晩クレアは、森にすむ獣人リチャードからもらった本を繙いた。忙しくてすっかり忘れていたのだ。何せひと月分の勉強の遅れを取り戻さなくてはならない。彼女には悩んでいる暇はなかった。それにその方が楽だ。
エイミーのこともケイトの事も考えないようにしていた。
その本は、予想通り魔導書だった。とても古くて、クレアにはまだ少し難しいようだ。ところどころ古語で記されていた。パラパラとページをめくる。すると、ある項目に目が釘付けになった。
『惚れ薬』
もう失われた秘法で、実際に作るのは不可能だと調合の教師ジェラルド・ハミルトンが授業で言っていた。レシピを見るとクレアでもなんとかなりそうだ。後は調合法を解読すれば、クレアの魔力次第で完成する。
この魔導書に書いてあるレシピが本当ならば、私も誰かに愛してもらえるかもしれない。
マクミランの顔が一瞬浮かびクレアは慌ててそれを打ち消した。
誰にでも優しい彼を独占しようなどと考えてはいけない。そんな薄汚い真似をして人の心を手に入れていったい何になるというのだ。
次の日も生徒会の仕事で忙殺された。あれからケイトは何も言ってこない。クレアは苛められることもなく平穏な日々を過ごしている。すぐに彼女に注目するものはいなくなった。
クレアは人使いのあらいアーサーの指示で、いつものように図書館へ資料を取り行く。今日はまだマクミランを見かけていない。すこし寂しく思う。
やっと目当ての資料を探し当てたとき、奥の方からぼそぼそと話し声が聞こえてきた。断片的に自分の名前が聞こえる。
やめておいた方が良いと分かっているのに気になって立ち聞きしてしまう。そっと書架の間から、のぞくとマクミランが同じ三年の友達と話している。なんの話だろう。クレアはそっと近づいた。




