20
「違います!私は……」
また、ここでも私の言う事を誰も信じてくれない。
「何が違うのだ。どれほど探したか」
セスが怒っている。探したと言った。彼だけはクレアのことを心配してくれたのだろうか。ふいに涙がこぼれそうになる。信じてもらえない悲しみや口惜しさが、とけていく。
「申し訳ありません」
声を絞り出す。
「お前に死なれたら、この婚約は破談になってしまう。それでは家が困るのだ」
やはり、そうだ。誰もクレアを心配などしてくれない。クレアは膝の上にある手を握りしめ、きゅっと唇をかみしめた。
「ジャニスが……いるではありませんか」
絞り出すように言う。
「ジャニス? お前の姉か。彼女ではだめだ。魔力がない。お前との結婚がアシュフォード家の出した条件だ。そうでなければ、ほかの家をあたる。この国にも他国にも魔力を持つ裕福な商人の娘はいるはずだ。それを探す。
今は、飢饉で領地経営は傾いているが、そのうち家は持ち直す。その時にアシュフォード家の人間が魔力持ちでなければ話にならない。きちんと学院は卒業してもらう」
セスが一気に言う。クレアは彼がこれほど話すのを初めて聞いた。この国の貴族は魔力持ちにこだわるようだ。とりわけアシュフォード伯爵家では。
ずっと彼にいつ婚約破棄にされてしまうのだろうかと、不安と恐れに苛まれていた。しかし、婚約破棄をする気はないようだ。聞き間違いだろうか? 彼は今言った。家が持ち直したときアシュフォード家の人間が魔力持ちでなければ話にならないと……。
てっきり、持ち直したら捨てられるものかと思っていたのだ。
この国の貴族の結婚はほとんどが政略結婚だとエイミーは言っていた。家を継ぐことが最優先なのだ。セスにはその覚悟があった。話してみて初めて気づく、彼の見えてこなかった一面。
「それから、今後一切、学内での試験では手を抜くな。馬鹿にされているようで腹が立つ。僕は絶対に、もう二度とお前になんか負けない。そうすれば、仮にまたお前とダンスでペアになったとしても転ばせない。それと……元気そうでよかった」
そう言うとセスは口を引き結んだ。それ以降、馬車の中で彼が口を開くことはなかった。クレアは彼の言葉に混乱する。ならば、なぜクラスが一緒になったことを詰ったのだろう。彼が分からない。しかし、彼女の心に小さな希望の火が灯る。「元気そうでよかった」と言った彼の気遣いの言葉をかみしめる。束の間、気持ちが温かくなった。
馬車を降りると彼は言った。
「クレア、僕と君は婚約している。くれぐれも他の男と噂にならないように」
エイミーの言っていた噂が彼の耳に届いているのだ。




