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実家で受けていた折檻を思い出し体が震えた。気持ちは鬱々とし、緊張で動悸が激しくなる。息をのみ、カチャリとドアノブをまわし居間に入ると、セスが立っていた。
意外なことに迎えに来たのは父ではなくセスだった。クレアはすぐにも帰り支度をするように、淡々とした様子の彼に命じられた。しかし、身一つで放り出されたので、持っていくような物もない。服はセスがシンプルなワンピースを持ってきてくれていた。
居場所のない学園には戻りたくない。暗い気持ちで身繕いをし、髪に櫛を通していると、ノックの音がした。リチャードだ。彼は手に袋をもっている。
「クレア、君は魔法が使えるのだろう。ならばこれをあげよう。私には不要なものだ」
世話になったうえ、贈り物など貰えると思ってもみなかった。ただただ嬉しい。
「リチャード様、ありがとうございます。中を見てもいいですか」
触れた感触では本のようだ。オオカミの外見のせいか彼が本を読むというイメージはなかった。本好きなクレアは、どんな内容か楽しみだ。本ならなんでも読むが、実は王子様とお姫様が出てくる話が一番好きだ。恥ずかしくてそれは誰にも言ったことはない。
「まだ、開けてはだめだよ。家まで我慢して、そして絶対に一人でいるときに開いて。人目には触れないように」
謎めいたことを言うリチャードは、オオカミの顔で多分微笑んだ。沈んでいた気持ちが少し浮上する。ここにまた、帰って来ていいですか……。拒絶されるのが怖くて、あふれる気持ちを飲み下して出立した。
馬車の中ではしばらく気まずい沈黙が続いた。慣れた居心地の悪さ。こうして日常に帰っていくのだ。ケイトやエイミーに会いたくない。そもそも、あの学園にまだクレアの籍はあるのだろうか。
クレアは自分が贅沢に慣れてしまい、もう貧しい暮らしに戻れないと思っていた。しかし、それは違う。彼女は贅沢したいのではなく、周りの人たちが親切で安心できる場所で暮らしたいのだ。このひと月の療養生活でそれに気づいてしまった。
もちろんリチャードは貧しくはない。屋敷は古くても立派だし、彼は身なりもいい。彼らは、ただ質素な暮らしをしているだけだ。
「まったく、大変なことをしてくれたものだな。ラッシュ家にすっかり迷惑をかけてしまった」
「え?」
「覚えていないのか、こんな騒ぎを起こして。皆からはぐれて、勝手にいなくなるなんて。あの後、みなで手分けして探したと言っていた」
そんな話になっていたのか。きっと一緒についてきたメイドや御者も口裏を合わせたのだろう。
あともう一回更新します。




