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いつものように一人教室の片隅で本を読んでいた。すっと隣の席に人が座る。
「ねえ、クレア、今度の休みに皆でハイキングに行くのだけれどあなたも来ない?」
クレアは驚いた。伯爵令嬢のケイト・ラッシュには嫌われていたはずだ。
「え、私がですか?」
「ええ、人数は多い方が楽しいでしょ?」
そう言って彼女はにっこりと笑った。彼女に笑いかけられたのは初めてだ。いったい、どういうつもりなのだろう。ケイトに好かれるようなことをした覚えはない。不安を感じる。訝しく思いつつもクレアは一生懸命笑顔を作った。感情を巧みに隠して、いつでも笑顔を浮かべる。貴族とはそういうものだと分かってきた。
高位貴族からの誘いを断れることもなく、ハイキングに行くことになった。最初は憂鬱だったが、一緒に行くとわかったら、エイミーが大喜びしてくれた。二人でどんな服装で行くか相談しているうちに、だんだんと楽しみになってくる。こんな気持ちは初めてだ。もしかしたらエイミーがとりなしてくれたのかもしれない。
それというのも最近のケイトはクレアを敵視しないのだ。それどころか時折きさくに話しかけてくれる。話してみると彼女は話題が豊富で、クレアがいまだに苦手とする会話がスムーズに進む。そのせいかクラスの居心地も良くなってきた。気持ちが浮きたつ。
そんなクレアを訝し気な目で見ているセスと目が合い、どきりとした。慌てて視線を落とす。睨んでこない彼は初めてだ。睨まない彼はとても優し気で、ちくりと心が痛む。本当は穏やかな人なのかもしれない。
参加するのは六人の女子生徒で、ケイトを含めた伯爵令嬢四人とエイミー、クレアの二人だ。
当日はラッシュ家が馬車を出してくれた。
小高い丘を皆ではしゃぎながら登る。クレアはもちろんはしゃぐなど恥ずかしくてできなかったが、それでも楽しそうな周りを見ていると自然と笑みが零れた。
誰も私を苛めない。誰も私を笑わない。それだけでとても幸せ。
ラッシュ家の料理人が用意してくれたサンドウィッチはとても美味しい。有名店の料理人を引き抜いてきたそうだ。貴族とはそういう事もできるのだとクレアは驚く。ふとセスの家はどうなのだろうと思った。
食後のデザートが済むとゲームをすることになった。クレアはカードをやったことがない。皆が親切に教えてくれる。負けた人には罰ゲームがあり、歌わせられたり、先生の物まねをしたり、あるいは好きな人を告白したりなどいろいろだ。クレアは負けたら大変とばかりに、真剣にゲームに臨んだ。
何度目かのゲームでケイトが負けた。一番勝った者が、罰を決められる。ケイトへ科せられた罰は好きな人を告白する、だった。
「やあね。みんな知ってるくせに」
ケイトが笑いながら言う。クレアは知らない。他四人は知っているようでくすくすと笑う。
「セスよ。セス・アシュフォード」
と言ってケイトが無邪気に笑った。




