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初めての呼び出しだ。何を言われるのだろうとびくびくしながら人気のない廊下で待つ。彼と話すのはこれが初めてだ。
クレアは知らなかったのだ、クラスが成績順だということを。前期に良い成績を取ったせいでセスと同じクラスになってしまった。あとから、エイミーが教えてくれたが、もう手遅れだ。
せめて選択科目は変えようと思っていたが、彼が何の科目を取るのか分からない。最近はそれで頭がいっぱいだった。
一時間ほど待っただろうか。からかわれたのかもしれないと思い始めた頃、不機嫌そうな顔のセスが来た。開口一番彼は言う。
「僕に一切かかわらないで欲しい。嫌なんだ、お前と婚約者と思われるのは。家の恥だ。それから、お前がいつも迷っているようだから言うが、挨拶もいらない」
クレアは俯いた。これが彼にかけられた初めての言葉だった。はっきりとした拒絶。悲しかった。彼の邪魔にならないように、ずっと目立たないように息をひそめてきたのに、それでも不足だという。ならばどうすればいいのだろう。消えてしまいたい……。
しかし、セスとの結婚条件は魔法学院を卒業することだった。彼の前から去るわけにもいかない。この縁談はどうしても成功させなければならないとラッセルから言われている。それが、レイノール家での彼女の存在意義だ。生きていくためには、それに縋りつくしかない。
「分かりました。それでしたら、セス様のお取りになる科目を教えてください。重ならないようにしますから」
思いはしっかりと伝えたつもりだが、きっと言葉は足りていない。打ちひしがれて、声が震える。
「今後目立つような真似はするな。爵位を買った庶民の子供がこのクラスにいるというだけでも目立つのに」
言われてみれば、このクラスに庶民の子供はいない。下位貴族がちらほらいるだけだ。己の愚かさが身に染みた。
♢
セスはきちんと自分の取る科目を教えてくれた。選択科目まで、一緒になるのが嫌なのだろう。幸い、クレアが好きな調合に彼は興味がないようなのでほっとした。この授業が好きだ。もし叶う事ならば調合師になりたいと思っている。吹けば飛ぶような、ささやかな夢。
薬草を刻んだり煮詰めたりしていると料理をしているみたいで落ちつくのだ。もちろん魔力を込めなければ薬は出来ないので普通の人には作れない。ジャニスに出来ないことが自分に出来る。密やかな自慢だった。
今頃、レイノール家の人たちはどうしているのだろうか……。
クレアは父ラッセルに実家に帰ることを禁じられていた。テレジアとジャニスは、クレアが魔法学院に入ったことにまだ腹を立てているらしい。
クレアに必要なものは屋敷のメイド頭か執事が持ってきてくれる。家のことを聞いても彼らは口をつぐむ。当然、家族の面会すら一度もなかった。
長期休暇に入ると皆実家に帰り、学園は閑散とする。クレアはそんな雰囲気が好きだ。生徒たちが溢れているときよりも、寂しさを感じなくてすむ。何よりも心が休まる……。




