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クレアは学園で差別を受けていたが、だからといって高位貴族にひどく苛められることはなかった。なぜなら、クレアは彼女たちの競争相手ではないからだ。当然クレアが爵位を買った庶民の子供という事は知られている。貴族社会は狭いのだ。もちろん、クレアが貴族の茶会に呼ばれることはない。
なかには無視をしたり、食事のとき同じテーブルに座るのを拒否したりする者もいたが、それは校則で禁止されていたので、少数だった。
今までの生活からしたら、どうという事もない。むしろ幸せな学園生活。息をひそめ目立たぬように心がけた。
ほとんどが貴族のこの学校では彼女は異分子なのだ。クレアはようやくそのことに気付いた。友達ができないのは彼女のせいだけではなかった。
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期末試験のふた月ほど前に、ここでは年に一度の学園祭がある。エイミーに誘われてまわったが、どうも人出が多く、賑やかなところは性に合わない。ドキドキしてしまうのだ。エイミーが自分の友達を紹介してくれたが、なかなか打ち解けられなかった。
みな男爵家令嬢ではあるが、彼女たちは先祖代々貴族だ。クレアとは違う。本当は孤児院育ちで家では使用人をしていたなどと口がさけてもいえない。みな大店の娘だと思っている。本当のことを知ったら、誰も口をきいてくれなくなるかもしれない。一緒にいると嘘をついているようで気が引けた。
主な話題はお化粧やドレス、茶会での噂話、貴族令息たちの話ばかりする。クレアにはどれも馴染まなかった。ドレスといっても、ここには制服があるし、服は最低限しか持っていない。どこかのご令息の話をされてもクレアには皆には秘密にしている婚約者がいる。
彼女の持つものは、すべて選んだものではなく与えられたものだ。
これまでの人生で自分から選ぶという経験をクレアはした事がなかった。
夜になると舞踏場でダンスが始まる。もちろんクレアにパートナーなどいないし、声をかけてくる者もいない。一緒にいた令嬢たちはいつの間にかどこかに行ってしまった。学園祭の夜に舞踏場に一人でいる者などいない。気づけば周りは皆笑いさざめき合っている。
とりあえずクレアは、邪魔にならないように薄暗がりの壁際に移動した。自然と目は明るい方へすいよせられる。
セスがいた。シャンデリアの光が降る下で踊っている。一緒にいるのは伯爵令嬢のケイト・ラッシュ。クレアは居たたまれなくて、その場を逃げるように立ち去った。
(どう考えても私は不釣り合い……この学園にも彼にも)
学園生活を送っていくうちにクレアは一人でいることを寂しいと感じるようになった。どこにも居場所がなくて、いつもどこかに帰りたいと思う自分がいる。
不思議だった。ここでの彼女は今までの人生で一番恵まれているはずなのに。いったい何の不満があるというのだろう。どんどん贅沢になっていく自分が怖くて、許せなかった。
一人本を読むときが一番穏やかでいられる。本が心の隙間を埋めてくれた。




