08
入学して一週間がたった。クラス分けでセスと同じにならなくてほっとしていた。入学式で一生懸命覚えた淑女の礼をとったのに無視されたのだ。周りからクスクスと笑い声が聞こえ、クレアは真っ赤になり、いたたまれなくなって逃げだした。もう、あんな目立つようなことはしたくない。
父親のラッセルには絶対にこの縁談を壊すようなことはするなと言われている。セスがどうしてもいやだと言ったらどうしよう。クレアはまた屋根裏生活に戻る事になる。それとも家から放り出されてしまうのだろうか。
どうしても学校を卒業したい。そうすればレイノール家を追い出されても何とか生活できるかもしれない、そう思っていた。
ほんの少し贅沢を覚えたクレアに、また孤児院や屋根裏で生活をする自信はない。何よりも折角与えられた勉強の機会を奪われるのが辛かった。セスにこれ以上嫌われたくないと切実に思う。ただクレアはどうすれば人から好かれるのか分からなかった。
周りは皆友達になっているようだが、クレアは一人ぼっちだ。彼女は今まで友達というものがいなかったから、どうしてよいのか分からない。話しかけられたり会話したりという経験もほとんどないのだ。同級生に気おくれして声がかけられない。
周りの生徒たちはとても恵まれていて、きらきらしていて、自分は本当にこの場所にいていいのかと不安になる。あたらしい環境で心細かったが、一人耐えた。
「ねえ、クレア様、一緒にお昼に行かない」
そんなある日エイミー・ジェレミアという男爵令嬢に声をかけられた。彼女とは調合の授業で隣同士だ。
「え、ええ、私でいいのですか?」
クレアは声をかけられて、とても驚いていた。
「ふふ、あなたがいいから、さそっているのですよ」
エイミーがにっこり微笑む。それが嬉しくて、クレアも笑みを返そうとしたが、緊張してぎこちなくなってしまった。恥ずかしくて顔が赤くなるのが分かった。でもいったい何を話せば彼女は喜ぶのだろう?
命令されたり、詰られたりの毎日だったので、彼女は普通の会話というものを知らない。ドキドキしながら、エイミーとランチを共にした。
その日から時間が合えばクレアはエイミーと食事をとるようになった。初めての友達だ。最初はぎこちなかった会話もエイミーのリードでスムーズになってきた。
この学院には高位貴族が多い。なぜなら、彼らは財力があり、生まれつき強い魔力を持っている者が多いからだ。だから下位貴族は少数派で、庶民はほとんどいない。
そのせいか学院では早くも派閥が出来上がっている。女子ではクリスティーン・マイアーズという侯爵令嬢が頂点に立っていた。貴族は貴族同士で結婚する。彼らはたいていが親戚とか知り合い同士だ。ここでもクレアは蚊帳の外だった。
クレアには貴族の世界はわからないが、エイミーがいろいろと教えてくれた。彼女はよく微笑むし、人当たりがいい。クレアも少しずつ笑顔を心掛けていった。そうすれば人に好かれるかも知れない。
誰かが私を好きになってくれるかもしれない……。
ただ、そこから友達がいっぱいできるかというとそういう事もなく相変わらず、クレアは一人でいることが多かった。彼女は不器用なのだ。人に笑いかけるだけですごく勇気がいる。無視されたり、怒られたりしたらどうしよう。臆病な彼女はそんなふうに考えてしまうのだ。




