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偽Aランクの兄さんは嫌われ者です  作者: 風深 紫雲
8/21

勝負しなさい!

 戦闘シーンだったからかお盆だからかは分かりませんが、昨日晩に投稿した話がいつもより多くの方に読んでいただけたみたいで嬉しいです、ありがとうございます。


「いってぇ……っておい、血が出てんじゃねぇか……」


 選手の控え室にて、そんなことを呟きながら自分の頭をさする少年がた。やや紫がかった黒い髪と真黒の瞳。およそイリア人とは思えない風貌の彼の名は、アラン・レイヴェルト。


「まあ、そりゃ投げつけたくもなるよな……」


 感情を荒立たせることなく、アランは自嘲的な笑みを浮かべる。投げつけられたペンの当たった場所は痛むが、今更そんなことなことに腹を立てるなど、アランにとってはあり得ないことだった。

 アランは自分の胸元に締められたネクタイを握りしめ、紫色のそれをぼんやりと眺める。


「偽Aランクか……。本当にそうかもしれねぇな……」


 そして大きなため息をついた。今日ほどの大観衆の前で戦ったのはアランには初めてのことだった。入学から二年が経ち、何度も模擬戦をする内に罵倒されることにも慣れたと思っていたが、どうやら完全に払拭出来てはいなかったらしい。

 アランは、自分が落ち込むようなかわいい性格をしていたのかと、再び笑った。


「うしっ!」


 掛け声と共に、アランは立ち上がった。ネガティヴな思考は人間を腐らせる。そんなものはさっさと捨ててしまおうと言うのが、アランの考えだった。それに、ここでうだうだしているとまた面倒事が増えてしまうことは容易に想像出来る。


 軽く服を整え、選手用の出口から会場を後にする。アランの目論見通り、周囲にはまだ人影はなかった。

 あれだけの観客が集まっていたのだ。混乱を避けるために、講師が生徒達に指示を飛ばし、時間を掛けて退場させていることだろう。

 今のうちにと、アランは出口への道を急ぐ。そして誰にも姿を見られることなく、校門まで到達した。


 そんなアランの予定が崩れたのは、後は帰るだけだと思いながら、校門から数歩離れた時だった。


「待ちなさい」


 そう呼び止める声が聞こえたのだ。その声には聞き覚えがあった。というか、ついさっき聞いたばかりの声だ。


(どうすっかな……。めんどくせぇな。まあ、名前呼ばれてないし、無視でいいか)


 アランはそう決め込み、無言で歩き出す。


「ちょっと、あんたよあんた!」


 そんな声が聞こえた気がしたが、それも無視。


(誰かいるのかなー? 風にキョロキョロしておけばきっと大丈夫……)


「だから待ちなさいってば、アラン・レイヴェルト!」


 当然、大丈夫ではない。そんなことは百も承知だったアランは、仕方なく応じることにして億劫そうに振り返った。


「え、えーっと、どちら様で?」


 だが、どうしたって素直にならないのがこの男である。

 アランを呼び止めた彼女は、見間違うはずもない、鮮やかなローズピンクの髪を揺らした。


「私よ、わ・た・し! 誇り高きノルザリア家の長女、ローズ・ノルザリアよ!」


 胸を張って答えるその姿に、アランはズキンと頭が痛む。


「はいはい。で、ランキング一位のAランク魔術師様が、俺になんの用だ?」


「なによその反応は。あんただってAランクじゃない。そんな言い方される覚えはないんだけど」


「そうか、悪かった。じゃあな」


 不満げなローズにそれだけ言い、アランは背中を向けた。ここでまともに返事をしていたら絶対に面倒なことになる。アランはそう告げる本能に従い、そのまま歩き出した。


「あっ、ちょっと! 待ちなさいよ!」


 しかし、ローズにも諦める気はないらしい。大股で早歩きするアランを、小走りで追いかける。


「なんだよ?」


「あんたさ、そ、その……」


 アランが顔も向けずに聞くと、ローズは急に小声になった。同時に立ち止まったため、アランとの距離はどんどん開いて行く。


「こ、このあと!」


 こぶしを握り、なにかを覚悟した様子で突然ローズがそう叫ぶ。あまりの声の大きさに、アランは驚いて立ち止まった。


「あんた、このあと……暇だったり、しない?」


 そして今度はまたしても小さい声になる。上目遣いで様子を伺うように聞いてくるローズに疑問を抱きながらも、アランは変わらぬ態度で即座に言い返した。


「暇じゃねぇな」


 そしてアランはまたもや歩みを再開する。


「な、なによ、この私が誘ってるのよ? そこは喜んで付いてくるところでしょ?」


 そして変わらずローズも後をつけた。

 アランはしばらく無視して歩いていたが、いつまでもついて来るローズにしびれを切らし、振り返る。


「おい、いつまでついて来る気だ」


 そもそも、アランにはローズに話し掛けられた理由が全く分からない。

 アランの態度に腹を立てつつも時間切れで消化不良に陥った対戦相手が、模擬戦後に因縁をつけて来ることが何度かあった。声を掛けられたときはローズも同じように今日の模擬戦の文句を言いに来たのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。


「いつまでって言われても……」


 後をつけてきたのはローズの方なのだが、どうにも態度がはっきりしない。


「だいたい、お前ってそんな感じの奴じゃいだろ。誰かと話してんのだって見たことねぇぞ」


 アランとローズは今まで一度も会話をしたことはないが、入学してから二年間、そして今年も同じクラスだ。


 一年次はランダムに選ばれるが、二年次以降はランキングを基にクラスごとの実力差がないように決定される。勝率一〇〇パーセント、しかも各試合数手で勝利を納めてきたランキング第一位のローズと、勝率〇パーセント、全試合時間切れのランキング最下位であるアランは、必然的に同じクラスになってしまう。


 それだけ同じ空間にいながら、アランはローズが会話しているのを目にしたことがなかった。授業中に講師に当てられたときか、模擬戦時に魔術名を口にしたときしか声を聞いたことがないほどである。

 それでも周囲を認めさせてしまうだけの実力がローズにはある。孤高のAランク魔術師というのが、アランからしたローズのイメージだ。


 しかし、ローズから返ってきたのは予想外の言葉であった。


「別に私は好きで一人でいるんじゃないわ」


「じゃあなんでなんだよ」


 ローズは貴族であり、学園内での人気も凄まじく影響力が強い。貴族としての体裁を保つためだとか、波風が立たないようにだとかどうせそんな理由だろうと思いつつ興味本位で問いかける。


 答えるローズはなぜか恥じらうような様子で、またしてもアランの予想を裏切る答えを返した。


「そ、その、なんて言うか、みんなとどう話したらいいのか分からないじゃない?」


「…………」


 二人の間に沈黙が流れる。そしてアランは突然に、吹き出した。


「な、なによ! なんであんたに笑われなきゃいけないわけ!? あんただって友達いないじゃない!」


「はっ、俺はお前と違って嫌われてるからな! みんなから好かれてんのに話し方がわからなくて友達いないとか、フッ……笑わせんな」


「あんたの方が私よりひどいじゃない!」


 ローズはもはや涙目である。その後もギャーギャーと何かを言ってくるローズの言葉を聞き流し、アランは歩みを進めた。


「で、結局お前はなにがしたいんだよ」


 そしてようやくローズが落ち着いたところで、アランは本題を聞くことにした。


「その前に、そのお前って呼び方止めてくれない? 私はの名前はローズ。ノルザリアの娘、ローズ・ノルザリアなんだから」


「あーはいはい。で、なんなの?」


 相変わらずまともに取り合わないアランに不満な様子のローズだったが、すでに諦めたらしい。アランを追い越し、腕組みをして目の前に立ちはだかった。


「勝負しなさい!」


 そして、ビシッとアランの顔に人差し指を突きつける。

 アランは一瞬立ち止まり――――――そのままローズの横を通り過ぎた。


「ちょっと! なんで無視するのよ!」


「聞きたいのはこっちだ。さっき引き分けで終わったばっかじゃねぇか。もういいだろ?」


「あんな試合、認められないわ」


「認められないってなあ……。あれは審判付きのちゃんとした試合だぞ?」


「そういうことを言ってるんじゃない」


 ローズは今にも怒り出しそうな雰囲気だった。いや、内心ではすでに怒りの感情が膨れ上がっているに違いない。だがそれが分かっていても、アランはローズに対する態度は変えなかった。


「まさか、時間切れなしで自分が勝つまで戦わせろってことか?」


「違うわ。だいたいあのまま試合を続けたら、先に私の魔力がなくなって勝つのはあんただわ」


 ローズは悔しがるそぶりもなく、そう言った。それがアランには少し意外だった。

 模擬戦には制限時間が設けられており、それに加えてAランク同士の試合以外は初級魔術しか使ってはならない。そのため模擬戦では魔力が欠如することはほとんどなく、本来の目的である実戦の練習を意識して試合をしている生徒はごく少数だ。


「それが分かってんなら……」


「だからこそよ!」


 戦う意味がないだろ、と言おうとしたアランの言葉を、ローズは遮って言い放った。


「私は勝ちたいんじゃない。本気のあんたと勝負がしたいの。例え無様に負けることになったとしても」


「お前なぁ……」


 アランは半ば呆れながら、ローズを振り返る。しかし、アランは言葉を続けることが出来なかった。

 真っ直ぐにアランを見つめるその目には、有無を言わさない、強い意志が宿っていた。


「私はいつだって全力で戦ってるわ。どれだけ力の差があろうと、本気を出さないのは相手に失礼だもの。でもあんたは違う。あんたは一度たりとも本気を出していない。いつも逃げてばかりで相手をバカにして……。あんたには、Aランク魔術師としての誇りはないの?」


 怒りと不安の混ざった瞳でローズはアランに問いかけた。

 アランの中に怒りと、嫌悪と、失望の感情が生まれる。それは全て、アラン自身に向けられたものだ。


「俺はAランク魔術師なんかじゃねぇ。他の連中の言う通り、偽Aランクだよ。無様に逃げてばかりのあの姿が、本気の俺だ」


 見ていて分かる。ローズは才能だけでなく、それに見合った、いやそれ以上の努力を積み重ねてきた魔術師だ。

 だからアランは、ローズの魔術への真っ直ぐな想いを共有することが出来ない。言いながら、アランはひどい罪悪感に苛まれた。


「誤魔化さないで! 私には分かる。あんたが計り知れない魔力を持ってること。それこそ、私なんか比べ物にならないほどのね。あんたは紛れもないAランク魔術師だわ」


 アランはローズの言葉になにも言わず、歩調を早める。


「ちょっと、待ちなさい! ねぇ、なんか言いなさいよ!」


「それはお前の勘違いだ。だからもう付いてくんな」


「嫌よ! 私はあんたと勝負するまで帰るつもりはないんだから」


 一歩も引かないローズに、アランはわざとらしく大きなため息をついた。


「なんなの、お前。ストーカー? なに、俺のこと好きなの?」


「な……、なっ、なに言ってんの!? そ、そんな訳ないでしょう!?」


 アランとしては、ローズを怒らせて帰ってもらおうと思っただけだったのだが、なぜか反応がおかしい。


「マジになんなって。ったく、冗談の通じねー奴だな」


 やれやれと首を振るアランに、ローズはボソッと呟いた。


「……バカ」


「ん? なんだって?」


「な、なんでもないわよ、バカ!」


(なんで急にキレてんだ……? こいつ、マジで意味分からねぇ……)


 ローズの顔は耳まで真っ赤に染まっているのだが、振り返らないアランには、知るよしもないことだ。

これ以上ローズに付き合っていたら、精神が持たない気がする。……だが、とアランは立ち止まった。


 アランが見上げた先には、『ヴェレリア中央商店街』と書かれたゲートがある。大抵の食品や日用品が揃う大商店街であり、一年中活気が溢れるここは一般市民はもちろん、学園帰りの生徒達にも広く利用されている。ショッピングに食べ歩きと、暇をつぶすにはもってこいの場所であった。

 アランは、今日客席にいたペールアイリスの髪の少女を思い浮かべていた。


(怒ってっかな……。いや、失望……か)


 無意識のうちに、アランの歩みは止まっていた。これから自宅に帰ることを思うと、足が鉛になったように重い。暇つぶしにはちょうどいいかと心の中でつぶやくと、アランは商店街へと足を踏み入れた。


「お、いつもの兄ちゃんじゃねぇか」


 そして一〇歩も進まないうちに、声が掛かる。


「おお、おっさん。相変わらず儲かってんな」


 串揚げ屋を営む、五〇歳前後の男だった。アランの言った通り繁盛しているらしく、店先に並んでいる商品は残り僅かだった。

 アラン自身、この男の名前は知らない。ただ安い割に味のいい、ついでに店主の気もいいこの店をよく利用していた。


 親しげに話す二人の姿を、ローズは不思議そうに見つめる。


「おうよ、おかげさまでな。そっちの嬢ちゃんは、お前さんの連れかい?」


「んー、まあ、そうっちゃそうだな」


「なんだ、はっきりしねぇ奴だな。……っておい、いつも一人でいる嬢ちゃんじゃねぇか。なんだ、友達いないんじゃないかって心配してたんだよ。兄ちゃんの連れってんじゃ、心配ねぇな」


 どうやらローズに見覚えがあったらしい。目を向けられたローズは、腕を組み胸を反らして言う。


「私はローズ。ローズ・ノルザリアよ。心配なんてしていただかなくて結構。私には友達なんて必要ないの。好きで一人でいるのよ」


 どうやらローズは誰にでも見栄を張らないと気が済まないらしい。


「ノルザリアだと!? おいおい兄ちゃん、このお譲ちゃんは本当にあのノルザリア家の子なのか!?」


 目を丸くする店主に軽く相槌を打ちつつ、アランはローズに言った。


「お前、さっきどう話したらいいか分からないって言ってたじゃねぇか」


「ちょっとあんた、なに言ってるのよ! そんなこと、全く、これっぽっちも言ってないわよ!」


 冷静なアランの突っ込みに、ローズは顔を赤くして言う。顔を赤くする理由が出来たのが幸運だったのか不運だったのかは、ローズ本人にも分からないことである。


「なんだ、お前さん達。息ぴったりじゃねぇか。もしかして、友達じゃなくて恋人か?」


「ちょ、なに言って――――――」


 ますます顔を赤くするローズをよそに、アランはにこやかに答える。


「はっ、まさか。そんなことよりおっさん。それとそれとそれを一本ずつくれ」


「はいよっ!」


 アランが軽く受け流し指をさして注文すると、もともとただの冗談であったので、店主は特に気にした様子もなくアランに商品を手渡した。


「ちょっとあんたもちゃんと否定しなっ……」


 ローズはそこまで言って、突然なにかに気付いたようにはっとした。


「分かった、そういうことね!」


「は? そういうことって、なに言って……」


「言わなくても分かるわ。あんた、この私と大食い勝負をしようってことなのね! それなら負けないわ。ねぇ、私には二本ずつちょうだい!」


 アランの制止も聞かず、勝手に話を進めるローズ。店主が不思議そうな顔でアランを見るが、アランは俺にも分からんと首を振った。

 店主が商品渡すと、ローズはそれを嬉しそうに見つめた。


「じゃあな、おっさん」


「おう」


 アランが店主と短い挨拶を交わし、二人は串揚げ屋から離れる。


「もしかしてお前、買い食いとかしたことねぇの?」


 相変わらず串揚げを見つめるローズに、アランはそう聞いた。


「しょ、しょうがないでしょ! そんなことする友達、いないんだから……」


 ローズが素直に認めたのは、思考の半分以上が串揚げに囚われているからに違いない。


「熱いうちに食えよ。あの店の串揚げは結構いけるぞ」


「早食い勝負ってことね! いいわ、負けないんだから!」


 アランは二本、ローズは四本なのだから、どう考えてもローズに勝ち目はない。だがローズはそんなことにも気付いていないのか、串揚げを必死に口へ運んでいる。

 そもそも、どう勘違いしたらそうなるのかは分からない。だが、アランは嬉しそうに串揚げを頬張るローズを横目に見ながら、一応負けないようにと一本目の串揚げを取り出すのであった。


 読んでくださりありがとうございます。

 ようやく主人公視点になりました……。

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