ランキング1位の対戦相手
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「昨日も言った通り、1時限目は第2実験室で行います。場所が分からない子はいますか?」
アイリスとレミナスが所属する1年4組の教室の教壇の上に立っているのは、このクラスの担任であるキール・スタットレン。スラッと背が高く、物腰の柔らかいイケメン講師というのが、この3日間で彼が生徒に与えた印象だ。そして、胸に紫のネクタイを締める、Aランク魔術師である。
今年からここの講師になったらしいが、しばらくすれば女子生徒から人気が出るに違いない。レミナスは他人事のようにそんなことを考えながら、キールの話に耳を傾けていた。
(第2実験室ってどこだっけ……。まあいいや、アイリスについて行けば)
今日はレミナス達が入学してから4日目。アイリスは放課後、模擬戦を見たらすぐに帰ってしまうが、学校にいる間の休み時間にはほとんど2人は一緒に行動していた。
アイリスは初めて行く教室でも、迷わずにレミナスを案内してくれた。なぜかと本人に聞いたら、1度学校全体の地図を見たからと言われたが、それだけでこの広いヴェレリア魔術学園の地図を全て覚えることなど、レミナスには到底真似出来なかった。
なので、レミナスは早々に地図を覚えるのを諦め、アイリスに連れて行ってもらうことにしたのである。
「では、また後で会いましょう」
キールが一礼して教室を出て行くと、レミナスはアイリスに駆け寄った。
「アイリス、第1実験室に行こう!」
「レミは第1実験室に行くのですか。では、ここでお別れですね」
「あ、第2実験室だっけ? ……ちょ、ちょっと待ってよ、アイリス!」
教科書を持って1人で歩いて行ってしまったアイリスに追いつくと、レミナスは頬を膨らませ、わざと怒ってみせる。
「もう、普通に間違ってるよって言ってくれればいいのに」
「それでは面白くないかと思いまして」
アイリスはクスリと笑って言った。レミナスも表情を保っていられなくなり、アイリスにつられて破顔する。
「それで楽しいのはアイリスだけだから。あ、そうそう、私今日まだ対戦表見てないんだけど……」
レミナスは軽く突っ込んでから、アイリスに言った。対戦表というのはもちろん模擬戦の対戦表のことであり、登校前にそれを見るのが1年生の習慣になりつつあった。
「そういえばレミが来たのは遅刻寸前でしたね。でも、それが正解だったかもしれません」
「正解って?」
よく分からないアイリスの物言いに、レミナスは首をひねる。
「今朝は、対戦表が張り出されていなかったのです。模擬戦は、平日は毎日行われていると聞いたので、今日もあるはずなのですが」
「なにかあったのかな?」
「分かりません。でも、キール先生はなにも言っていませんでしたから、大したことではないと思います。対戦表は第2実験室に行く途中にあるので、確認してから行こうと思っています」
「あ、そうなんだね。今日はどこの試合が1番かな?」
模擬戦は、毎日全10ヶ所、各会場2試合ずつの合計20試合行なわれている。会場となるのは第1〜第6闘技場と、学園の裏手にある森や川だ。
対戦相手はランキングの近い生徒から選ばれ、ランキングは勝率によって決定さる。勝率が同じならば、勝利するのにかかった時間の平均が短い方が上位になる。
多くの1年生が、対戦する二人のランキングが一番高い試合を見に行っており、レミナスとアイリスも例外ではなかった。初日は第1闘技場で行われたが、2日目は川、3日目は第4闘技場と、特に場所が決められている訳ではなかった。
「さあ、見てみないことには分かりませんね。……どうやら、もう掲示されているようです」
アイリスの視線の先には、対戦表の掲示板があり、大きな紙が貼られている。その前には人だかりが出来ており、普段よりも少し騒がしかった。
「あ、ほんとだ!」
レミナスは小走りで駆け寄り、食い入るように対戦表を覗き込む。目当ての試合はどこだろうかと対戦者のランキング見ると、上から見てすぐ、2段目に目当ての数字があった。
「ラ、ランキング1位!?」
レミナスは思わず叫んだ。確かに計算上は、ランキング1位でも1ヶ月に1回程度は試合をしているはずなのだが、いざ目にすると驚いてしまう。
「レミ、どうしたのですか?」
後から追いついてきたアイリスは、レミナスのそんな様子を見て尋ねる。
「ほら、アイリス、見て、1位の人だって!」
「1位ですか。それは楽しみですね。それで、対戦相手の方は?」
「あ、そうだったそうだった。えーっと対戦相手は……」
レミナスは言いながら対戦表を目でなぞる。しかし、そこで見た対戦相手のランキングは、信じられないものだっった。
「あれ……?」
(まさか、この私が表を見間違えた?)
自分に限ってそんなことはしないだろうが、見たランキングがランキングだ。自分が間違っているのかもしれない。
レミナスはそう思ってもう一度一位の生徒の対戦相手を確認する。やはり、同じ数字が書いてあった。
「800位……?」
何度見てもそこには800の文字。もしこれがミスでないのなら、今日、第2闘技場で1位の生徒と800位の生徒が試合をするということになる。新入生である1年生を除けば生徒は800人。800位とはすなわち最下位のことである。
どういうことかと思いつつレミナスは、今度は名前を確認する。
「アラン・レイヴェルト……?」
当然だが、聞いたことのない名前だった。
「ねぇアイリス。これってどういうことかな?」
困った時はアイリスに聞いてみる。それが、ここ三日でレミナスが身に付けたなんとも悲しい技だった。いつもなら、ここで分かりやすい解説を返してくれるものなのだが、アイリスは黙ったままだった。
疑問に思いアイリスを見ると、アイリスは不思議な表情で対戦表を見たまま固まっていた。驚いてはいるようだったが、その他の感情が混ざっていて、レミナスにはそれがなんなのかは分からない。
「アイリス?」
呼びかけても返事がない。
「ねぇ、アイリス!」
「はっ、はい、レミ、なんですか?」
再び強く呼ぶと、アイリスはハッとしたようにレミナスを振り返った。アイリスを釘付けにするような何かが、この対戦表にあったということだろうか。
「このアラン・レイヴェルトって人、何なんだろう?」
レミナスがそう聞くと、アイリスはまた不思議な表情をする。
「そうですね……。彼は―――」
『ゴオォォォン、ゴオォォン』
アイリスが口を開きかけた時、『時を告げる鐘』の鐘の音が彼女の言葉を遮った。
「あ、やばい! アイリス、急ごう!」
早くしないとキール先生に怒られちゃう、と言いながらレミナスはアイリスの手を引いて第二実験室へ走る。途中までアイリスに連れてきてもらったせいか、道に迷うことはなかった。
しかし、それはレミナスにとっては不運だったかも知れない。道を間違えなかったせいでレミナスは、アイリスからなにも言われなくとも不自然ではなかった。もしアイリスが声を発していたなら、レミナスはアイリスの感情を読み取れていただろう。
レミナスは、アイリスが見せた歓喜の表情を、見逃してしまったのである。
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次話『偽Aランク』 8/14 19:00 投稿予定