模擬戦観戦 Ⅱ
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勝者であるレオーネは、観客席に手を振りながら退場していく。観客たちはより一層大きな歓声を上げた。カイネスのダメージもそれほどのものではなかったのか、立ち上がると、自分の足で会場から出て行った。
「今日は一年生が多く来ていると思う。模擬戦は毎日行われているので、出来る限り見に来ることを勧める。どんな試合でも必ず得るものがあるはずだ。この後のもう一試合も、目に焼き付けておくといい」
審判役の講師がフィールドの中央に立ち、そう言った。これだけ広い会場でも声が聞こえるのは、風属性の魔術により声を拡張しているからだ。
言われなくともそうするつもりだったレミナスは、座ったまま周囲の様子を見ようと首を回した。
上級生らしき人物の中には、ちらほら会場を後にする者もいる。先ほどのレオーネとカイネスの試合にしか興味がなかったのだろう。
次の試合は九五位対一〇二位と、学園の中ではかなりレベルの高い試合になることが予想されるが、先の試合の二人と比べてしまうとやはり差がある。それ以上の力を持つ生徒からしたら、興味のない試合なのかもしれない。
少し時間が経つと、選手が入場して来た。今回は男子生徒対女子生徒のようだった。
男女は筋力差があるため、近接格闘戦になれば多少男が有利ではあるが、魔術的な適正で言えばあまり差はない。
男の方が魔力保有量が多く、女の方が魔導技術が高いという大雑把な傾向はあるが、もちろん個人差があるし、どちらの方が優れているとも言えない。
だから、こんな対戦カードがあっても特に驚くことはない。ところが、二人が入場してくると客席がどよめいた。どうしてだろうかと二人をよく見てみると、レミナスにもその理由が分かった。
「Bランク対Cランク……?」
二人のランキングは近いのに、ランクが違う。レミナスは、学園にはBランクの生徒が一五〇人近くいると入学式で講師が言っていたのを覚えていた。つまり、このCランクの生徒の下に五〇人近くのBランクの生徒がいるということ。
「始め!」
レミナスが不思議に思っているうちに選手の紹介が終わり、試合が始まった。審判役の講師の言葉もあり、レミナスは目を見張って試合を観察することにする。
しかし試合開始から一分、さらに二分、三分と経過していくと、次第に億劫になっていった。
「あまり見ていて面白い試合ではありませんわね」
少し後ろの席からシャルルのそんな声が聞こえてきた。そんなに近くに座っていたのかと驚いたが、レミナスは正直、同感だった。
確かにBランクとCランクの試合とは思えないほど、戦況は拮抗している。たが、それだけだ。一試合目の試合のような派手さが全くない。二人ともレベルの高い魔術師なのかもしれないが、先ほどの二人と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまう。
退屈になり会場内を見渡していると、ちょうど出入り口からアイリスが歩いてくるのが見えた。
「アイリス、こっちこっち!」
いいタイミングで来てくれたと、レミナスは手を振ってアイリスを呼ぶ。アイリスは振り返ってレミナスを発見すると、階段を上がって来た。
「もう、どこ行ってたの?」
「少し、他の試合を観に行っていました」
アイリスはそう答えると、レミナスの隣に腰掛ける。レミナスには、その動作が洗礼されたものに見えた。
「他の試合? どこでやってたやつ?」
「校舎の裏の森ですよ。ここへ来る途中、他の場所でも試合が行われているようでした」
「へぇ、そうなんだ。あれ、でも森で炎属性の魔術なんか使ったら大火事になっちゃうんじゃないの?」
「森での試合では炎属性の魔術は禁止のようです。試合開始前に審判の講師の方がおっしゃっていましたよ」
「じゃあ私はそこじゃあんまりやりたくないなぁ」
「ということは、レミは炎属性の魔術が得意なのですか?」
アイリスの問いに、レミナスはこくんと頷いた。
「そうだよ。やっぱり炎をドカンって出すのが一番かっこいいじゃん?」
「確かに、レミには似合っていると思います」
「そうでしょ?」
レミナスは得意げに言った。ただ似合っていると言われただけだが、レミナスにとって炎属性の魔術はアイデンティティのようなものだ。Bランクであるアイリスにそう言われると、自分自身を肯定されたような気分だった。
「それで、その試合はどうだったの?」
「そうですね……、かっこよかったです……」
試合を思い出しているのか、アイリスはレミナスから視線を外し呟く。
「かっこよかった?」
「え!? あ、違います、そうじゃなくてですね」
レミナスが聞き返すと、アイリスが焦った様子で否定する。そんなアイリスの姿にレミナスは、ははーんと笑った。
「選手がイケメンだったんだ?」
「いえ、違います! いえ、違うわけでもないのですが……」
「やっぱり!」
レミナスが、今日一番の笑顔を見せた。新入生は皆一四歳。魔術師であっても、色恋沙汰には興味津々な年ごろであることには変わりない。
「いえ、そうではなく! 魔術師として、勉強になるような試合だったのです」
「でもランキングはそんなに高くない人同士の試合だよね?」
「試合というのは、魔術をぶつけ合うだけではありませんよ」
「あー、確かにさっきの試合でも格闘戦みたいになってたっけ」
「他にも要素はたくさんありますよ」
「そうなんだ。……で、どんなタイプのイケメンだったの?」
「そ、そんなことよりこちらの試合は、かなりの接戦みたいですね」
レミナスの問いには答えず、アイリスは視線を逸らすように試合へと目を向けた。かっこよかったという呟きの真相を知りたいレミナスであったが、さすがのレミナスでも今日会ったばかりの相手にそれ以上は聞けなかった。
「まあそうなんだどさぁ……、あんまり見てて面白くないんだよね」
「そうですか? 私にはいい試合に見えますが」
レミナスはアイリスに言われ、再び試合を見てみるが、やはり派手さがないせいか面白くは思えない。
「アイリスはさっきの試合を見てないからそう思うんだよ」
「さっきの試合というのは、八位と二五位の方の試合ですか?」
「そうそう、分かってたなら来ればよかったのに。……まあとにかく、この試合はさっきの試合からしたら派手さがないっていうかさぁ。シャルルも面白くないって言ってたし」
「そのシャルルさんという方は?」
「ここへ来るといいって教えてくれた人だよ」
「親切な方なのですね」
その言葉に、レミナスは首をひねる。
「うーん、どうなんだろ? まあ、悪い人じゃない……のかな?」
「察するに、いい人ではなさそうですね」
「随分ストレートに言うね!?」
「思ったことを言っただけですよ?」
「思ったからって言っていいわけじゃない……と思う……」
反論するレミナスには、勢いがない。アイリスが楽しそうにクスクス笑っている姿を見ると、なぜか自分が間違っているのではないかと思えてくる。
「あ、終わったようですね」
話しながらもしっかり試合を見ていたらしいアイリスがそう言った。
「本当だ。勝ったのは……Cランクの人?」
「そのようですね。魔力の消費を極力抑えていらしたようなので、最後はそこで差がついたみたいです」
「そうなんだ……」
なるほど、とレミナスは一つ納得した。どうやらアイリスには自分と違うものが見えていたらしい。視点が違えば、もっと面白く見えるのかもしれない。
当面の目標は、アイリスに追い付くこと。
レミナスは心の中でそう決めると、いまだにフィールドに視線を送っているアイリスに声を掛けた。
「アイリス、もう帰らない?」
「ええ、そうですね」
レミナスの提案に、アイリスは即座に賛成する。
こうして、二人の入学初日は終了した。
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次話『学園長命令』 8/10 19:00 投稿予定