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偽Aランクの兄さんは嫌われ者です  作者: 風深 紫雲
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模擬戦観戦 Ⅰ

このページを開いてくださった方に、最大の感謝を。

「これにて入学式は終了とする。皆良き魔術師となってくれることを、祈っておる」


 右手で持った杖で床を叩き、二〇〇人の新入生からの視線を一斉に集めていた人物が入学式の終了を告げた。決して声を張っている訳ではないが、新入生達は緊張感を持って聞いていた。


 それは入学式というシチュエーションだからというだけではなく、魔術師としての本能から来るものだ。

前に立っているのは、八〇歳は超えると思われる老人ただ一人。ローブを羽織り、開かれた胸元から覗くネクタイの色はAランク魔術師の証である紫。このヴェレリア魔術学園の学園長だ。


「あーそうそう。皆知っているとは思うが、この学園では毎日模擬戦が行われておる。君達は来月からじゃが、見て学ぶのも大切じゃ。好きに観戦していくといい」


 そう言い残し、学園長は舞台袖の幕の向こう側へと消えていった。

 

 その姿を最後まで追っていたレミナスは、学園長の姿が見えなくなった瞬間に大きく息を吐いた。

 じっとしているのが苦手なレミナスだが、今日の入学式は退屈ではなかった。その代わりにずっと緊張しっぱなしだったのである。席が自由だったので、Aランク魔術師を間近で見ようと一番前の席を取ったのが間違いだったのかもしれない。


 後ろを向いて新入生達がぞろぞろと講堂から出て行くのをなんとなく見ていると、見知ったペールアイリスの髪を発見する。


 レミナスはその影を追いかけ、走り出した。こうした混雑している場でも人を追い抜いて走るのは、レミナスの特技の一つなのだ。


 まあ、ただ単にレミナスが遠慮せずにゴリゴリと進んでいくからなのだが……。


「あれ、どこだろう?」


 途中ぶつかった生徒から睨まれながらも、早々に講堂から出ることに成功したレミナスは、アイリスの姿を探し辺りを見回した。だが周りには人が多く、そう簡単には見つかりそうにない。


 代わりに、少し離れた場所に人集りが出来ているのを発見する。どうやら貼り出された紙を見ているようだ。


 なんだろうと思い行って見てみると、第一闘技場、第二闘技場などの場所と、それぞれその横に人名が四人分、そして名前の右に一から三桁の数字が書いてあった。さっき学園長が言っていた模擬戦の対戦表だろう。


 アイリスはどこへ行ったのだろうかと考えていたが、すぐに考えても分からないという結論に至り、周りの人物の意見を聞くことにした。


「ねぇ、ちょっといい?」


 適当に、近くにいた生徒に声を掛けた。特にその人物だったのに理由はない。強いて言えば、金髪だったのですぐ目に付いたからだろうか。


 しかし、レミナスはこの軽率な行動をすぐに後悔するはめになる。


「なんですの、あなた」


「私はレミナス・アレキウス。あなたは?」


 まず自分から名乗り、相手の名前を聞く。最初は不安だったが、アイリスは快く答えてくれた。どうやら友達の作り方としては間違っていないらしい。今回も上手くいくはず……。


 レミナスはそう思い、金髪の少女に名前を聞いたのだが。


「はぁ? あなた、私のことも知らないんですの?」


 金髪の少女は訳が分からないという表情でレミナスを見る。


「サンドレア家の娘であるこのわたくし、シャルル・サンドレアのことも知らないなんて、よくもまあそれでこの学園に入学出来たものですわね」


 そして続けて返って来たのは罵倒であった。レミナスには、名前を聞いただけなのにどうしてそんなことを言われなければならないのか、意味が分からなかった。


 どうやら面倒くさい奴に話し掛けてしまったらしい。もしかしたらアイリスのような子が少数派なのかもしれないが、残念ながらそれを判断できるだけの経験が、レミナスにはない。


「それは魔術とは関係ないんじゃないの? シャルルだって私と同じCランクだし。まあ、そんなことはいいんだよ。どの試合を観るのがいいかってことを聞きたいんだ」


「そんなこと……ですの? あなた本当にそれで魔術師なんですの? だいたい、そんなのはこの表を見れば分かりますわ! どう考えても第一闘技場での試合に決まってますわ!」


「どうして?」


「あなたそんなことも分かんないんですの? その目は節穴ですの? 何のために数字が書いてあると思っているんですの? これはランキングですわ、ラ・ン・キ・ン・グ! 第一闘技場での試合は八位と二五位。この中では圧倒的にレベルが高いですわ!」


 言われてもう一度見てみると、第一闘技場の試合以外はほとんど三桁の数字の生徒ばかり。この学園には一学年二〇〇人、新入生を除いても八〇〇人の生徒がいる。本当にこれがランキングならば、第一闘技場の試合だけレベルが高いと言うのは、シャルルの言う通りだった。


「なるほどね、分かったありがとう。そこへ行ってみるね!」


 周りの生徒達が列を成し一方向を目指しているようなので、おそらくその先が第一闘技場だろう。レミナスはシャルルに礼を告げ、走り出した。


「あ、ちょっとあなた! まだ話は終わってないですわよ!」


 後ろからシャルルの呼び止める声が聞こえるが、反応したらまた面倒くさいことになりそうなので、レミナスはあえて無視。


 なんだかんだ言って聞きたいことは教えてくれたので、もしかしたらいい人なのかもしれない。また困ったことがあったら彼女に聞いてみようと、レミナスは思った。


 ヴェレリア魔術学園の敷地は広大だが、目的地である第一闘技場は三〇秒も走らない内に現れた。中は見えないが、かなり大きい。円形の建物のようだ。


 入学初日だというのに他の生徒と別行動するような新入生はほとんどいないだろう。講堂から第一闘技場まで新入生の行列が出来ていたので、多くの新入生がここへ来るはずだ。だからアイリスもここにいるだろうと踏んで、レミナスは入口へと向かう。


 闘技場の中へ入ると、外見よりも更に大きく感じられた。中央にフィールドがあり、周りをぐるりと一周客席が囲んでいる。


 何人座れるのかは分からないが、全学年の生徒が集まっても到底埋まらないということは分かる。ガラガラという印象は受けないので、新入生だけでなく学園のかなりの生徒が集まっているようだった。


 必死にアイリスを探すが、その姿は見当たらない。数字を見る限り他にめぼしい試合はなかったのでここに来るはずなのだが……。


 追い抜いてしまった可能性が高いと判断したレミナスは、アイリスが来たらすぐに分かるよう、入り口近くの席を陣取ることにした。


 途中シャルルが入ってきて焦ったが、気付かれずに済んだようだった。しかし、いつまで経ってもアイリスが来ない。そして結局そのまま、選手入場の時がきてしまう。


 一人の男子生徒が手を振りながら、フィールドの中央から数メートルの所まで歩く。観客達は拍手を送り、中には指笛を吹いたり、大声で選手に声を掛けたりする生徒もいた。やはり、今回の選手はかなりの人気者らしい。もう一人の男子生徒入場の際も、同様に歓声が上がった。


 二人とも胸には青いネクタイをしている。どちらもBランク魔術師のようだ。二人の生徒が中央で向かい合うと、間に立つ講師が高々と手を上げる。


「ランキング第八位、レオーネ・ライオネル。ランキング第二五位、カイネス・エイノール。使用可能なのは初級魔術のみとする。では、始め!」


 その合図と同時に、『時を告げるオロロージョ』の鐘の音が響き渡る。また、講師が魔術を使ったらしく、闘技場の東西南北の四方向に取り付けられた砂時計が回転し、太陽光を反射する硅砂をさらさらと落とし始めた。


「燃やせ! 『炎柱ピアストロ・ディ・フィアンマ』!」


 右手に炎属性、左手に風属性の魔力を溜め込んだレオーネが、『炎柱ピアストロ・ディ・フィアンマ』を二重魔術陣で発動する。


 魔術陣の大きさはそれほどではないが、濁りの少ない純度の高い魔力が使われていた。かなりの魔導技術の持ち主と思われる。


 だが、カイネスもその攻撃は読んでいたのだろう。両手に水属性の魔力を溜めると、両手を合わせ魔術を発動した。


「そうはいくか! 『水壁ムーロ・ディ・アクア』!」


 レオーネのように二重魔術陣ではないが、その代わり魔術陣がかなり大きい。短時間でこれほどの魔術を発動できるカイネスもまた、かなりの腕の持ち主のようだった。


 水の壁と炎が衝突。一気に熱された水が気化し、カイネスの姿は水蒸気の霧に包まれる。それにより身を隠す作戦なのかと思いきや、カイネスは霧の中から瞬時に飛び出した。その手は黄色に光っている。雷属性の魔力だ。


 雷属性の魔術は威力が高い代わりに、放電してしまうために射程が短い。雷属性による近接戦闘を挑むつもりのようだった。


 レオーネはすぐにその意図に気付き、瞬時に水属性の魔術を発動する。


「『雷拳プーニオ・ディ・トゥオーノ』!」


「『水盾スクーノ・ディ・アクア』!」


 よほどの威力の雷属性の魔術でなければ、水属性の守りを破ることは難しい。カイネスの攻撃は通らず、レオーネに楽々と防がれた。だが、勝負を決めるのは魔術の腕だけではない。近接格闘技術もまた、魔術戦闘には必須の項目だ。


 カイネスは弾かれた右手の魔術をそのままの状態で保ち、もう一度打ち込む。それもまたレオーネに防がれたが、魔術同士の衝突の反動を利用し勢いのまま身体を回転させ、回し蹴りを放った。レオーネもそれは予想外だったらしく、ガードすることが出来ずにカイネスの蹴りをもろにくらう。


 しかし、レオーネにダメージはほとんどなかった。魔術師は戦闘中、魔力を体内で循環させ、物理的な衝撃にも耐えられるようにするのが基本だ。


 二人はしばらくの間格闘戦を繰り広げ、その後再び距離を取り、遠距離魔術を撃ち合った。


 初級魔術しか使ってはいけないルールだが、それでも二人のハイレベルな攻防は、レミナスの胸を躍らせた。初めてまともな形の魔術師同士の戦いを目にしたのである。


 局面を見極め、的確に相手の攻撃を防ぎ、隙を見て攻めに転じる。多彩な魔術が飛び交うその光景は圧巻だった。


「さすがレオーネだな」


「あぁ。一応防いではいるが、カイネスはきついだろうな」


 近くにいた上級生が話す声が聞こえてくる。レミナスにはどちらが優勢なのか判断がつかなかったが、どうやら八位の生徒の方が有利らしい。


 模擬戦には時間制限があるらしく、砂時計は既に半分の砂を落としていた。刻一刻と変化していく戦況に心を奪われていたが、いつの間にか数分が経過していたようだ。


 体感時間と砂時計の減りを見る限り、どうやら制限時間は一〇分前後。そろそろ試合が決まってもおかしくはない。


 レミナスがそう思った矢先、戦況に変化が訪れた。レオーネが放った『炎のピアストロ・ディ・フィアンマ』をカイネスが防御し切れず、僅かに服を焦がしたのだ。


 その後は一方的な展開になっていった。レオーネの攻撃がカイネスを何度も掠め、カイネスは反撃をする隙がないのかそれとももう力が残っていないのか、防戦一方を強いられる。


 そして、レオーネの両手がこれまでで一番強く、碧に光る。


「『風柱ピアストロ・ディ・ヴェント』‼」


 レオーネの発生させた風が、カイネスに襲い掛かる。カイネスは魔術で防御することは出来なかった。風属性の魔術は有効範囲が広く、回避もままならない。顔を両腕で覆い、姿勢を低くして重心を下げる。


 しかし、それだけで防げるほどレオーネの魔術は甘くはなかった。カイネスの身体は風に攫われ、数メートル吹き飛んだ後地面に叩きつけられる。


「そこまで! 勝者、レオーネ・ライオネル」


 今までどこにいたのだろうか。レオーネとカイネスのほぼ中間地点に、いつの間にか講師が立っていた。今の一撃で勝敗が決したと判断したらしい。


 そして、カイネスの元へ一人の人物が近付いていく。その人物はカイネスの側に座り込むとカイネスの身体を調べ始めた。どうやら医者の類のようだ。


 レミナスは、先ほどの試合の光景を頭の中で何度も思い出していた。


(すごい、すごい、すごいすごい!)


 試合が終わったというのに、心臓の鼓動は一向に落ち着く気配がない。


(私もいつか、あんな風に―――っ!)


 レオーネやカイネスのように強くなりたい。そしていずれ、それを超える存在、Aランクに。思い浮かぶレミナス自身のそんな姿は、さらに心拍数を上げていった。

読んでくださりありがとうございます。


次話『模擬戦観戦 Ⅱ』 8/8 19:00 投稿予定


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